第299話 息吹
あの水浸し事件から数日が経過した。浄化設備を完成させたお父様たちは、スイレンたち住居作りの作業班に加わり、人間離れした力を使って地下を掘り進めている。
テックノン王国は爆薬が足りないのか、一日に一度だけダイナマイトを使っている様子で、それ以外は人力で作業を進めているようだ。
タデをはじめとする一部の者は、シャイアーク国王に騙された経験からテックノン王国を完全には信頼出来ないと言い、今は何かあっても戦える者が交代で監視小屋に行っている。
そして何かがあった時に言いがかりをつけられないようにと、こちら側からは一切国境を掘り進んだりしないことにしている。
ニコライさんは信用が出来るが、他のテックノン王国の人たちを知らないからだ。
なので一部の者以外は通常通りの日々を過ごしている。それはもちろん私もだ。
ただ、住居の作業を手伝おうとすると、スイレンは「女の子は力仕事をしたらダメ」などと生意気に言い、私に作業をさせてくれない。スイレンより力があると思うのだけれど……。
そしてヒイラギのところへ向かえば、まだ作業中のヒイラギに「完成まで見せない」と追いやられる。つまらない。
では女性陣はどうかというと、一部の男性陣のピリつきを感じているのか、体調不良の者が多数出ている。
今はお母様やおババさんなど、体が元気な者が糸や布を作っている。作業前にお母様と共に、寝込んでいる女性陣の御見舞に行くが、食べ物を受け取ってもその場では食べてくれず、お母様まで気落ちしてきている。
私たち家族は朝晩と、お母様のケアをしている状態だ。
私はというと、人手が足りなくなった畑の作業を手伝い、その合間にアーマの畑を作ろうと頑張っている。もうすぐ種が採れそうなので、さらに生産量が増えることだろう。
そして畑の作業が終わると、浄化設備へと気晴らしがてら一人で遊びに行く。
浄化設備という名の小さなビオトープ群は、日に日に植物が芽吹き、株分けをしてまだ植物が生えていない浄化設備へと植え付ける。
この作業が楽しいのだ。気付けばいつも夕暮れとなっており、一人でせっせと植物を増やし満足している。
ただ残念なこともあり、あのたくさん獲ってきたイトミミズもどきの大半が白く変色し、死滅してしまったようなのだ。
それでも生き残った個体がチラホラと見え隠れし、完全には全滅していなかったのを見て胸を撫で下ろした。
毎日少量の土と落ち葉を森から運んで来ては、イトミミズもどきのために住みやすい環境を作ろうと努力している。
王国内の少しピリついた空気に私も疲れていたのか、しゃがみ込んでイトミミズもどきのゆらゆらと揺れる様に癒やしを求めていると、イトミミズもどきがサッと泥に潜った。
「……あら? あらら!?」
イトミミズもどきが隠れるのは危険を察知した時だ。私は両手を地面につき、顔を水面近くまで近付ける。
「……まあ!」
毎日手入れをしていて気付かなかったのか、それとも今産まれたのか、米粒よりも小さな何かの稚魚が、名前も知らない水草の陰やアシのような植物の根の付近に隠れている。
他にも何かがいないかと目を皿のようにして探すと、ミジンコのような生き物や、水生昆虫の幼虫と思われる生き物、イチゴの種程の大きさの巻き貝の稚貝も見つけることが出来た。
何よりも嬉しかったのは、ドジョウのような生き物まで数匹確認出来たことだ。さらに、とても小さなオタマジャクシのようなものも見つけた。
そして一番驚いたのは、ほとんど死滅したと思っていたイトミミズもどきについてだ。
まだ浄化されない水が溜まる、一段目のビオトープだけを見てほとんど死滅したと思っていたが、意外にも二段目三段目のほうがイトミミズもどきが多かったのだ。おそらく水の流れと共に移動し、繁殖してくれたのだろう。
私の勝手なイメージで、汚れた水を好むと思っていただけにこの発見は嬉しかった。
その日の夕食時にこの発見を言うと、ほとんどの者たちは冗談か何かだと思って真剣には聞いてくれなかった。
翌朝、悔しかった私は動ける全員を連れて、浄化設備へと向かった。
「ほら、やっぱり何もいないじゃない。僕は早く建築をしたいのに」
スイレンはちらりと水面を見ただけでそうボヤく。
「そんな大きなものはいないわよ。限りなく水面に顔を近付けて、静かにしていたら見つかるわ」
スイレンは「えー……」と言いながらも地面に腹ばいになり、おとなしく水面を見ている。
今日はタデが監視小屋に行っているので、お父様とヒイラギは並んで楽しそうに水面を見始めた。
今さらだが、老若男女を問わず地面に腹ばいになる光景はシュールだ。
「スイレン、目の前にいるぞ」
「え?」
「待ってお父様……その距離から見えるの?」
スイレンから離れた場所にいるお父様は、笑いながらスイレンに声をかけている。どうやら視力も人間離れしているらしい……。
「いた! けど……無理……」
どんどんとスイレンの声が小さくなっていく。どうやら幼虫の見た目が受け付けないらしい。
そんなスイレンを苦笑いで見ていると、この王国の固有種ではないが小さな命が産まれたことに皆が喜び、嬉しさから涙する者もいた。
生き物の気配すらなかったこの王国に小さな命が誕生したことに感謝し、その日の夜は宴となった。
ちなみにじいやは至近距離でイトミミズもどきを見てしまい、しばらく誰にも気付かれることなく気を失っていて、後から大騒ぎになったことは言うまでもない。
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