第300話 被害者続出
朝食後、日課になっている農作業をしているとヒイラギの声が聞こえてきた。
「姫ー! タデが戻ったよー!」
一緒に作業をしていたエビネが、「どうぞ行ってあげてください」と、快く私を送り出してくれた。
「タデ! おかえりなさい!」
「姫、交代の者が来たので戻って来た」
一瞬微笑み私の頭を撫でてくれたが、すぐにタデの表情が変わる。
「ハコベが心配なので戻る」
「私もナズナが心配だから戻るよ。あ、頼まれていたものはさっき完成したから、確認をしておいて」
二人はそう言い残し、足早に住居方面へと向かって行った。
少し寂しい気もするが、大事な奥様が体調不良なのだ。呼び止めるつもりも、ついて行って邪魔をするつもりもない。
しばし複雑な思いで二人の背中を見送り、ヒイラギが完成させたものを見学しに行くことにした。
────
「おお〜! さすがだわ!」
ヒイラギに頼んでいたのは作業小屋だ。中に入ると作業スペースとなっており、ナーの種の油を搾るのと同じような圧搾機が並んでいる。
あちらと違うのは、ここは火気厳禁で純粋に油を搾るだけの場所なのだ。
「タデにしごかれたおかげで、だいぶ石の加工が上手くなりました」
圧搾する部分の石を見ながら話す民がいる。どうやらヒイラギは片付けを一緒に作業していた者に頼み、ナズナさんの様子を見に行ったようだ。
残された作業員が笑顔で圧搾機を見せてくれる。どれも素晴らしい出来で、早く使える日が来るようにと心躍らせた。
「そうだわ、ナーの圧搾機のほうで、作ってみたいものがあったのよ」
片付けを一緒に手伝い、揃って広場へ戻った。
「姫様、作ってみたいものとは? タデやヒイラギがいなければ作れないものですか?」
「うーん……どちらかというと、お母様やおババさんの得意分野だと思うわ」
一緒に戻って来た民と話していると、後ろから声をかけられた。
「カレン、呼んだかしら?」
ちょうど何かを取りに来たらしいお母様がそこにいた。
「いえね、欲しいものがあるのだけれど、詳しい作り方を知っているわけではないの。けれどお母様やおババさんなら、きっと作れると思うのよ」
「何かしら? 少し待っていて」
そう言ったお母様は布作りの作業場へと戻り、おババさんだけでなく女性陣を引き連れて戻って来た。
「何をどう作るの?」
お母様の質問に口を開きかけると、弱々しい声が聞こえてきた。
「レンゲ……みんな……」
その方向を見ると、顔色は悪いが微笑んでいるハコベさんとナズナさんがそれぞれの旦那様に支えられて歩いてる。
「ハコベ! ナズナ! 大丈夫なの?」
「えぇ。調子が良いから出て来たの」
駆け寄るお母様に二人は笑ってそう言うが、顔色の悪さから調子は万全ではないのが分かり心配になってしまう。
それは旦那様たちもそうらしく、不安そうに体を支えていた。
「何をしていたの?」
いつもよりも覇気のない声のナズナさんの質問に答える。
「ナーの油を作る過程で、濾す部分にコートンの布を使っているでしょう? 元々は人の髪を使って敷物のようなものを作って、それで油を濾していたらしいの」
私の言葉を聞いたハコベさんの頬に少し赤みが差し、そしてもじもじとしながら口を開いた。
「それって、髪を切るってこと? 長い髪のほうが良いということ?」
「そうね」
肯定した私の言葉に、今度はタデが青ざめる。
「ハコベ……まさか切るなどと……言わないよな……?」
「そのまさかよ。姫、お願い! タデの髪をハマスゲのようにして!」
ハコベさんの言葉にズッコケそうになり、タデも口を開いたまま固まっている。私もタデも、ハコベさんが髪を切ると思っていたからだ。
「あのね、あのね……タデは短いほうが格好良いの……」
もじもじとするハコベさんを見て、私が男だったら間違いなく抱き締めているだろうと思ってしまった。それくらい可愛らしいのだ。タデは真っ赤になって微動だにしない。
私がイチビたち四人の髪を切って以来、四人は見様見真似でお互いの髪を切っていた。
けれどイチビたち以外の者たちは、未だ切ることもせずに髪を伸ばし続けている。
ハコベさんは今までそういった好みを言ったりしなかったらしく、タデは驚きつつも嬉しくあるようで、今度はニヤニヤが止まらなくなってしまった。
「分かったわ! 任せてちょうだい! タデ、今すぐ切るわよ!」
道具を準備し、広場の椅子にタデを座らせると散髪の見学会となってしまった。数人の男性と女性陣に囲まれたタデは少しタジタジだ。
どうせやるなら違う髪型にしようと思い、ひとまず躊躇せずにザックリと束で髪を切ると、お母様やおババさんはその髪を箱に収めた。
襟足から刈り上げるようにし、耳の上はツーブロックにして頭頂部は少し長めにした。完成した髪型は似合いすぎて私も驚いた。
「……」
目を輝かせ、頬を染め、胸の前で手を組んでタデを見つめるハコベさんを見て、タデは動けなくなってしまった。
「姫、私も少し切って。でも長いのに慣れてしまったから、急に短いのは嫌かも」
ヒイラギもそう言って腰を下ろした。私はかねてからヒイラギにしてもらいたい髪型があった。喜んで切らせてもらおう。
「……いい……いいわ!」
なんてことはない、ただ肩の上くらいでザックリと切っただけだ。そのヒイラギの髪を後ろで紐で結ぶ。
あえて前髪の部分は少し短めにし、後ろで結べない後れ毛が自然と出来るようにした。
「……いい……」
ナズナさんはポーっとしながらヒイラギを見ているが、見学していた女性陣も同じような表情でヒイラギを見ている。
その理由はやたら色気が醸し出ているからだ。これは少し危険な色気かもしれない。
「なんだ? 髪を切っているのか?」
ヒイラギの振りまくお母様とは違う色気に、その場の全員が虜になっているとお父様の声が聞こえた。
どうやら道具が壊れたらしく、換えの道具をスイレンと共に取りに来たらしい。
「お父様も切る?」
そう声をかけると、お父様よりも先にお母様が叫んだ。
「ダメよ! モクレンは……その野生的な感じが良いの……」
「……切らん! 切らんぞ!」
人差し指を軽く噛みながら、お父様をうっとりと流し目で見つめるお母様の言葉を聞いて、お父様は意地でも切らないと決めたようだ。
ただ、お母様もまた天然の魔性系色気を振りまいてしまったがために、広場では男女を問わず色気にあてられた者たちが鼻血を出し始めてしまったのだった。
そんな中、周りに目もくれず無邪気に「髪を切ってほしい」と言うスイレンの髪を、淡々と切っていた私の心中を誰か察して欲しい。
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