第276話 半歩の発展

 王国の一大イベントの開催なので、全員が水路へと向かう。私はドキドキとワクワクが止まらず、子どものように飛んだり跳ねたりと、ワーワーとはしゃぎながら歩く。実際に見た目は子どもなのだが。


「カレンがそんなにはしゃぐなんて珍しいね」


「だって楽しみなんだもの!」


 スイレンも私のはしゃぎっぷりに驚き、ほんの少し成長した大人びた表情で私を笑って見ている。そして私の頭をポンポンとしながら満足気だ。


────


「うぉぉぉ! なんだコレは!?」


 水路へと到着したお父様は私以上にはしゃぎ、雄叫びを上げながら飛んだり跳ねたりを繰り返している。こういう部分は、私たち父娘はとてもよく似ていると自分でも思いながらも、お父様のはしゃぎように笑ってしまう。


「モクレン、少し落ち着け」


「想像以上の騒ぎ方だね」


 タデとヒイラギはそう言いながらお父様の肩を叩き、落ち着かせようとしている。


「落ち着ける訳がないだろう!?」


 タデとヒイラギに振り返るお父様の目は、ヒーローを見る子どもの目のようにワクワクと光り輝いている。もちろん、その父親の血を受け継いだ私もまた同じ目をしているのだけれど。


「……あの図だけでよくここまで作ったわね」


「何ヶ所かよく分かんない部分があったけど、動けばいいかなって思ったの。ブルーノさんと一緒にとっても頑張って作ったんだよ」


 水路の中には岩を削り出して作られた、とても大きな構造物が立っている。


「お父様、じいや、出番よ」


 二人に声をかけ、私も初めて見た時に騒いだものを指差すと、お父様は『う』の口のまま動かない。「うおおぉぉぉ!」と、声が出せないほど興奮しているようだ。


 そんなにもお父様を興奮させているものは水車だ。巨大な水車が地面に横たわっているのだ。じいやも興奮気味にそれを見ている。


「じゃあ設置について話すよ」


 スイレンは話し始める。じいやや他の男性陣とで水車を縦にしながら水路へ移動し、軸となる少しばかり加工された丸太をお父様が水車へ差し込むということを説明する。

 やる気スイッチどころかフルスロットルのお父様は、一回でその説明を理解したようだ。


「小さなものをブルーノさんといくつも作って試したから、これも大丈夫なはず!」


 まだ試したことのないこの大きな水車を設置するのに、スイレンもまた興奮しているようだ。拳を握り、いつもよりも大声で力説している。ブルーノさんはその横で「うんうん」と、静かに頷いている。


「女の人たちははしごとかを準備して!」


 スイレンの言葉にナズナさんをはじめとする女性たちがパタパタと動き始め、はしごや脚立を準備し始めた。

 じいやたちは持ち上げる部分について話し合っている。この大きさで木材を完全な円形に加工するのは難しいからと、小さな直線の板を中心から放射状に伸びるいくつもの『蜘蛛手』などと呼ばれる支柱に固定し、限りなく円形に近付けたらしい。


「一応頑丈な木で作ったけど、みんな気を付けてね」


 スイレン現場監督の声にじいやたちの表情が引き締まる。


「そぉれ!」


 じいやたちは掛け声をかけ、一斉に水車を持ち上げる。そして連携プレーで縦にし、水路の中へと入って行く。

 水車はヒーズル王国民とブルーノさんの合作だ。ニスが塗られているが、おそらく木材自体が耐久性と耐水性があるものだろう。それにあの大きさだ。かなりの重量に違いがないのだが、じいやが持っている側はほぼじいやだけなのに、反対側には人が多数いるのがじいやの怪力を物語っている。


 女性たちもじいやたちの邪魔にならないよう細心の注意を払いながら、皆が登りやすい場所へ脚立やはしごを上手い具合に置いていく。水路の中の建造物と建造物の間にじいやたちは入り、気合いを入れて水車を持ち上げる。


「よし! そのままだ!」


 お父様は笑顔で丸太を持つが、あれも相当な重さのはずだ。タデとヒイラギが補助のためにお父様を手伝う。


「モクレン、ゆっくりとだ!」


 はやる気持ちを抑えられないお父様は無理やり丸太をはめようとするが、タデがたしなめるように言い、ゆっくりと水車本体に軸となる丸太が差し込まれる。

 水路の中の建造物はこの軸の軸受けだ。その付近にもはしごを使って人が登り、真っ直ぐに軸が入るよう皆で上手く調整しているようだ。


「モクレンの力に負けるな! 手の空いている者は反対側で押さえろ!」


 よほど寸分違わずに作ったのかなかなか丸太の軸が刺さらなかったが、大人たち総出で騒ぎあって作業をすると、しばらくしてどうにか軸が刺さった。そして軸受けにそっと軸を乗せる。

 するとスイレンとブルーノさんは水車の前後に移動し、水車の様子を確認する。


「うん! 回らないね!」


 ほとんど動かない水車を見てスイレンは爽やかに笑った。他の水車の原理を理解しているタデやヒイラギ、じいやなどは落胆しているが、ほとんどの者が、特にお父様は巨大オブジェか何かと思っているのか、完成だと思い「やったー!」と喜んでいる。


「はい、みんな。まだ完成じゃないからね。ブルーノさん、作戦変更だよ」


 スイレンは皆に落ち着くように言い、ブルーノさんと共に行動を起こす。それに続くようにタデやヒイラギ、イチビたちも分かっていたかのように動き出した。

 少し会わないうちにスイレンは本当に現場監督のようになっている。この先は私もどうなるか分からないので、お父様をなだめる役を変わり、工事を見守ることにしたのだった。

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