第275話 三歩進んで二歩下がる

 お母様にお願いをされたお父様は、とてつもなく働いた。一人で何往復もしながら岩盤を露出させ、貯まった砂を邪魔にならない場所へ運び、出て来た石や岩は何かに使えるだろうと一ヶ所にまとめていた。


「ふぅ……いかに体がなまっていたか分かるな……」


 お父様は珍しくボヤいていた。もちろん常人の感覚から言えばなまってなどいない。現に手を抜いて鍛えていたとはいえ、リーンウン国の兵士たちの士気が下がるほど体を動かしていたのだ。我が親ながら、全くもって恐ろしい力の持ち主である。


 そして珍しく頭も冴えているようで、『棚田のように』という意味を理解し、上から順に段差をつけて岩盤を掘る作業までしている。これにはじいやも触発され、人間重機二号となり作業が進む。


 私も持てる重さの石などを移動させたりと手伝いに参加をしていると、いつの間にか住居の方を終わらせたスイレンたち一行もこちらの作業に加わっていた。

 お父様とじいやの働きを見たタデとヒイラギは、「狂っている……」と褒め言葉を呟き続け、気付けば辺りは薄暗くなり夕刻となっていた。

 その日はそのまま広場へと戻り、疲れきった体に食べ物を押し込み、口数も少なく私たちは休むことにした。


 翌朝、皆が広場に当たり前に集まるが、結局全員が新居を使わずいつもの住まいで休んだことを食事をしながら笑いあっているとブルーノさんに声をかけられた。


「カレンちゃん、少しいいかな?」


 いつもよりも小声で、周りに遠慮気味に話している。


「ブルーノさん、どうしたの?」


 私もまたそんなブルーノさんに気を遣い、静かに問いかけた。そして皆から少し離れた場所へ二人で移動する。


「カレンちゃんは……塗装って知っているかな?」


「えぇもちろん……あ……」


 そこで重大なことに気付き口をポカーンと開けると、それを見たブルーノさんは溜め息と笑いを同時にこぼした。


「あぁ良かった。みんな知らないみたいでね」


 ブルーノさんは苦笑いでそう言ったのだが、私たちがいない間にタデやヒイラギを始めとするこの国の民たちに聞くと「色を塗るもの」と答えたそうだ。

 もちろんそれは間違いではないのだが、もっと大事な役割がある。


「リトールの町は沼地が近いから、当たり前のことだったんだが……」


 沼地が近いということは、当然湿気も多い。そこに木で作られたものを建てると、木材は湿気でカビが生えたり歪んだりしてしまう。

 そのことからリトールの町の家などは、基本的に石やレンガで作られている。けれど全てを石材で作るのも骨が折れる作業なので、当然木材で作られたものもある。


「リトールの町で購入して来てもらったから、カレンちゃんたちが旅立ってからのものはしっかりと塗ってあるよ」


 そう言ってブルーノさんは笑う。塗装といっても色をつけるだけではなく、ニスなどで木材に耐久性や耐水性をもたせたりすることも含まれている。

 この地はあまり雨が降らず乾燥気味の気候のために気にしていなかったが、雨が多い土地であれば今まで建てた建物はもっとボロボロになっていたことだろう。


「……森の民は今までどうしていたのかしら?」


「私も気になって聞いてみたんだが、腐ったり傷んだりしたら、すぐに壊して新しく作っていたようだ」


 ブルーノさんも何と言ったら良いのか分からないのか、眉尻を落として笑っている。


「この食器などはその昔、リトールの町で購入したそうだよ」


 ただの木の皿やコップだと思っていたが、しっかりと塗装をし、耐久性や耐水性をもたせていることで今まで難なく使えていたのだろう。


「ただ、ちょうど塗料を使い切ってしまっていてね。昨日ヒイラギ君が作っていた便所の道具も長くはもたないんじゃないかな?」


 それを聞いて頭を抱えると、「しばらくは大丈夫だろう」とフォローをしてくれたが、大問題である。しかも私たちはテックノン王国やリーンウン国にリバーシを大金で売っているのだ。

 青ざめながらそれを言うと、「自分たちでもある程度は手入れはするだろう」とブルーノさんは苦笑いで答えてくれた。


「リトールの町では、北東方面の塗料の産地から取り寄せていたけど、カレンちゃんは作り方は分かるかい?」


 日本であれば、ホームセンターに行けば塗料などたくさん売っている。高いものから安いものまでだ。もちろん手作りをしたことはさすがの美樹もないが、原料などは知っている。


「……えぇ。ただ必要なものが生えているかしら?」


「それは森の民だったみんなに聞くべきだね」


 少しずつ開拓を進め、ようやく全てが順調に整ってきたと思っていたのに、ある意味振り出しに戻ってしまった気分になり肩を落とすと、ブルーノさんは「ゆっくり進めたら良いさ」となぐさめてくれた。


「そんな訳でね、今日はその塗装を塗ったお楽しみのアレの設置をしようと思うんだけどね」


 その言葉に一気に私の背筋が伸びる。表情も緩み、ニヤニヤが止まらなくなる。


「岩盤を掘るのを中断して、みんなで水路に行こう」


 その言葉には、お父様とじいやの力が必要という意味も含まれている。私は笑顔で頷き、お父様とじいやの元へと駆け出した。

 今日も人間重機に休みなどないのだと、他人事のように思ってしまったのだった。

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