第272話 浴槽

 私が発した『生きていけない』宣言のせいか、はたまたヒイラギの手を握っているせいか、団らんとしていたリビングは殺伐となっている。

 皆、口にこそ出さないが、特にタデが獲物を狙う目でヒイラギを見ているのはなぜだろう? 自分が原因なのはなんとなく感じたが、皆仲良くしてもらいたいものだ。


「……ということになっているのよ」


 これまでの話を説明していると、さり気なく『お兄ちゃん』であるヒイラギは、あぐらの中に私を座らせ椅子代わりになってくれている。ありがたくもあり、気恥ずかしさもあったが、慣れ親しんでいるヒイラギなので嫌悪感はない。

 けれどタデだけではなく、今度はスイレンにブルーノさんまでもが笑っていない目でヒイラギを見つめている。


「それで姫は私にどうしてほしいのかな?」


 肩越しにヒイラギに問われ、私が答えるよりも先にタデが口を開いた。


「浴室へ行くぞ!」


 そう叫ぶと同時に立ち上がり、私をスッとお姫様抱っこをする。お父様と同じくらい長身のタデにお姫様抱っこをされると、まるで遊園地の乗り物に乗っているようで、キャッキャとはしゃぐとタデは微笑んでくれた。


「あ〜。みんな姫不足なのに」


「え?」


 ボヤキにも似たヒイラギの呟きに反応すると、「あいつの言葉は聞かなくていい」とタデは言い放った。


「……少し、狭くないかしら……?」


 少し広めとはいえ、浴室にびっしりと人が入り込んでいる。なのに「そんなことはない」とタデは言うが、明らかに狭く、私は空の浴槽に入っている。


「私は窓でも直せばいいのかな?」


 広場へ戻ると言うお年寄りたちに、ヒイラギは「同じように作ってと伝えて」と伝言を頼み、便座作りは任せることにしたようだ。

 その伝言を頼んでいる間に浴室にみっちりと人が入り、ヒイラギは洗面所からこちらへ顔を覗かせている。


「窓は問題がないし、それどころか最高よ」


 湿気がこもるであろう浴室は、大きな壁一面の窓が作られていた。ガラス窓ではないので使用時は開け放ち、枝などで作られた特製ブラインドを窓枠に装着すると目隠しにもなる。裸を見られても困らない人であれば、ブラインドを付けなければ裏庭や遠くにある森を見ながら入浴も可能だ。


「えぇとね、浴槽の中に一部木を敷いてほしいの」


 その言葉を聞いたヒイラギは、浴室の入り口で通せんぼをしていたタデを退かし中へと入って来た。


「どういう風にしたらいいかな?」


 ヒイラギはそう言って優しく微笑む。ただ微笑むだけではなく、その顔は絶対に作ってみせるという自信も溢れている。


 美樹は何かの授業で、西日本と東日本の電気の周波数が違うことを聞いた。そのことがきっかけで、西日本と東日本の違いを調べたのだ。

 食べ物に執着のある私は、まず料理について調べたが、県が違えばその数だけ味付けの違いがあり、その県の中でも地域によってさらに違いがある。例えば雑煮などがそうだった。種類があり過ぎて途中で調べるのをやめた程だ。


 そんな失敗談を銭湯の湯船に浸かりながらご近所のおばあちゃまたちと話していると、おばあちゃまたちは意外なことで盛り上がった。


『まさかお風呂が違うなんて思わなくて、嫁いで来た時に驚いたねぇ』


 かなり離れた県からお嫁に来ていたおばあちゃまたちと、地元出身のおばあちゃまたちは盛り上がった。興味が湧いた美樹が詳しく聞くと、銭湯の作りも違うと言う。西日本では浴室の真ん中に浴槽があり、東日本では奥に浴槽があるというのをこの日初めて知ったのだ。


 さらには自宅のお風呂までもが、東西で違うと言い始めた。西日本は俗に言う『五右衛門風呂』で、浴槽の下側部分から火を起こして湯を沸かし、底板を沈めて湯に浸かる風呂だ。

 対して東日本では『鉄砲風呂』という、鉄や銅の筒が上に向かって浴槽に取り付けられており、その筒の中に薪や炭を入れて燃やし、筒の温度でお湯を温める風呂だったそうだ。


「そして、ちょうどここに筒があります」


 お風呂の思い出のあれこれを説明し、ニコライさんから受け取ったステンレスのパイプを手に取る。これは蛇腹になっておらず、大人の女性の太もも程の太さで、直径を大きくしたからかステンレスの厚みはそれほど厚くない。それなりの大きさがあったので何に使おうかと思っていたがちょうど良い。


「鉄や銅のほうが熱の伝導率が良いのだけれど、これしかないのだからこれで作りましょう」


 まず筒を支えるために、浴槽に入る程の丸太を用意した。高さはそんなに無くて良いので外で切り、おが屑はお便所へと投入する。

 その丸太の真ん中に筒を置き、潰れない程度に上から叩いて筒の跡を付け、ヒイラギの職人技で丸く溝を彫ってもらう。そのまま溝を深くし、丸太に筒を深く差し込んだ。

 さすがヒイラギが作っただけあってピッタリと筒は収まっているが、水中に設置するので木の膨張でさらにピッタリ収まることだろう。そして水中で水分を含んだ木が土台なので、おそらく火事の心配もないだろう。念の為に切れっ端の鉄の板を筒の底に入れた。


「あとは火傷防止の柵を作って欲しいわ」


 筒に触れて火傷をしてしまっては大変なので柵を頼むと、ヒイラギに対抗意識を燃やしたのかタデ、スイレン、ブルーノさん、ジェイソンさんの連合組があっという間に柵を作り上げた。

 タデが浴槽の一部を削り、柵を上から差し込む形にしてくれ安全は確保出来た。


「すごいすごい! どんどん家が出来ていくわ!」


 そう言って手を叩きながら喜ぶと、ようやくその場の皆が心から笑顔を見せてくれたのだった。

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