第271話 誤算

 浴室へ入ると、ここにも石を見事にくり抜いた浴槽が設置されている。私が頼んだ通り、浴槽にも洗い場にも排水の為の穴が開けられ、使用した水が下水へと流れるようになっている。


「わぁすごい……って、そうだったわ!!」


 自分で作ってと頼みながら、その通りに出来上がっている浴室にツッコミを入れつつ頭を抱える。


「何か問題があるのか?」


 私の隣にいたタデが少し動揺しながら聞いてくる。てっきり私がいつも通り褒めると思っていたのだろう。


「問題があり過ぎて……」


 頭を抱えたまま困り顔をしていると、スイレンやブルーノさんたちもどうしたのかとこの狭いスペースにやって来た。


 美樹の家の風呂は水道管の調子が悪く、使えなくなることが多々あった。けれどお年寄りの多い地域だったせいか、昔ながらの『公衆浴場』である銭湯がすぐ近くにあったので、そこに行けば問題がなかった。しかもお値段は昭和から据え置きというだけあって、いつも混んでいた。

 そして家から少し距離はあったが、同じような名称の『共同浴場』というものもあった。温泉街の傍らに小さな温泉施設があり、その『共同浴場』は地元民のみが使え、なんと無料なのだ。


「うっかりし過ぎてたわ……」


 私は当初、この王国に風呂を作るのに躍起になっていた。外を見ればダイナミックどころかダイレクトの自然だ。なので頭の中の浴室はユニットバスのようなものではなく、銭湯や温泉施設のミニチュア版で考えていたのだ。


「間違いではないの……」


 銭湯は床や浴槽がタイル貼りになっていたが、タイルを作って貼り付けるという面倒なことは考えなかった。

 代わりに『共同浴場』を思い浮かべていたのだが、そこは岩風呂で床も石材だったのだ。


「どういうことだ?」


 そもそもの入浴スタイルが違うこの世界の人には、私がうっかりしていたことなど分からないだろう。石で作られた浴槽は暖まりにくいが、冷めにくくもある。なので温泉のような常に湯が入っているような場所では重宝する。なのであまり家庭用向きではないのだ。

 ここまでを簡単にするが、やはり皆はピンときていないようだ。


「暖まりにくいのは良いの……ただお湯を沸かすことを考えていなかったのよ……」


「湯を沸かして入れたら良いのだろう?」


 ヘナヘナと崩れ落ち、浴槽の縁に捕まる私にタデはそう言う。


「タデ……最低でも半分はお湯が入っていないといけないのよ……。何往復するつもり……?」


 そこまで言うとようやく皆は理解したようだ。


「じゃあカレンがいた世界はどうやってお湯を沸かしていたの?」


 タデの後ろにいたスイレンが口を開く。ブルーノさんもジェイソンさんもいるが、私の秘密を知ったのでもうお構いなしだ。


「お料理に関しては大きな違いはないわ。けれど浴室では水もお湯も出すことが出来るの。お湯の温度も設定することが可能よ」


 それを聞いたスイレンとブルーノさんは「作り方を!」と騒ぐが、さすがの私でも給湯器の作り方など知らない。


「……いいえ、不可能を可能にするのが私よ……! なんとかするわ……!」


 水自体は浴槽に貯めやすい設計にしてある。ならば浴槽に貯めた水をどうにかして沸かせば良いのだ。


「少し考える時間をちょうだい……」


 そう呟いてヨロヨロとリビングへ移動し座り込むと、そのタイミングで「簡易の食事を持って来ました」と、料理を担当しているお年寄りたちが散歩ついでにやって来た。


「ありがとう。みんなも食べましょう」


 その言葉に皆が集まり、受け取ったカゴの中を確認すると、以前私が作ったパンキプンのおやきだった。一つ手に取り口にすると、おそらくほとんど砂糖を使っていないのにもかかわらず甘さが口に広がる。同じ料理を作っても、作り手が違うと微妙に味が違うのが不思議だ。私の作ったものよりも、このおやきは優しい味がする。


 思えば美樹のご近所さんで、このおやき作りの達人のおばあちゃまがいた。どんなカボチャでも必ず同じ味に仕上げ、甘すぎないので近所の大人も子どももみんなが食べていた。その味に似ている……。

 そのおばあちゃまとは、銭湯でも『共同浴場』でもよく会ってお話をたくさんしたものだ。


 そんな思い出を振り返っていると、記憶の片隅にある何かが引っかかる。けれど大事なことなのだろうが、その引っかかりが取れない。


「姫ー! いるー!?」


 記憶が引っかかったままであったが、そこにヒイラギが便器ごとやって来た。食べ物を食べている時にタイミングが悪いと思いつつも笑えてしまう。


「いた! こんな感じで良いかな? あ、私も一つ貰おうかな」


 そう言ってヒイラギもおやきを食べ始めた。手に持っていたおやきを全て口に入れ、便器と便座の確認をすると見事なまでに洋式便器が完成していた。


「まさにこれよ! さすがヒイラギね! 木を使わせたら誰よりも……あー! これだわ!」


 ほんの些細なことで記憶の引っかかりが取れた。浴室について、とても良い案が思い浮かんだのだ。


「ヒイラギ! ありがとう! 私、ヒイラギがいないと生きていけないかも!」


 そう言ってヒイラギに駆け寄り手を握ると、ヒイラギは「なぁに?」と笑っている。けれどそのヒイラギを皆が殺気を込めて見つめていたのには気付かないフリをしたのだった。

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