第270話 シンク

 タデとの共同作業をし、シンクにタッケの排水口と排水パイプを繋げる。お父様やヒイラギがいたらまた嫉妬をすることだろう。


「さすがタデね。こんなにピッタリ収まるなんて」


 思ったことを素直に口にすると、タデは少し照れている。


「簡単なことだ」


 そう言って顔をそらすが、その耳は少し赤い。私は気付かないフリをし、下水に繋がる穴用にとまた再びタッケの加工をする。

 下水というのも理解していなかったヒーズル王国民だが、私の説明を聞き石を彫ってU字溝を作り、それを繋げて各住居の下を通り住居前への通りへと繋がっている。造りは完全に、日本の古い町内にある各家庭からドブへと繋がるアレである。


「コレのおかげで、石加工が苦手な者に教えることが出来た」


 タッケの加工をしているとタデがそう呟いた。私からすると全ての者が優れているように感じるが、やはり人なので得手不得手があるらしい。作業をしながら道具の使い方や、石の割れやすい方向などをじっくりと教えこんだらしい。

 そして私が以前、左官工事を教えたウルイとミツバはモールタールの使い手となり、新たな職人の育成に勤しんでいるそうだ。


「さてと……またピッタリ」


 下水に繋がる排水口にタッケをはめ込むと、グニグニと曲がるパイプをS字に折り曲げる。するとタデに「待て」と大声で叫ばれ、その声に反応した皆が集まって来た。


「どうしたの?」


「その管を真っ直ぐにしなければ水が流れないだろう?」


 パイプを真顔で見つめてタデがそう言うと、集まった皆もまたウンウンと頷いている。


「あぁこれはちゃんと流れるのよ。上から水を流すとこの部分に水が貯まるのだけれど、そのおかげで虫の侵入や下水の臭いがしないの。そして上から水が流れる度にちゃんと下に流れて行ってくれるのよ。これは何て言ったかしら……サイホンの原理? だったかしら?」


 当たり前に使っていた物なので疑問に思わなかったが、確かそういうスイレンが好きそうな原理が働いていたはずだ。などと思っている側から、スイレンとブルーノさんは目を輝かせている。


「うん……詳しくは後でね」


 苦笑いでそう告げると「絶対だよ!」と、二人はウキウキとしている。果たして私に詳しく説明が出来るだろうか? まずは作業を進めよう。


 一度気分転換も兼ねて水路へと向かい、バケツに水を汲む。


「あんなに水のなかった水路が、今ではこんなに……」


 水路作りは成功したが、あまりに水量が少なすぎて私たちが気落ちしたこの場所は、今では水も植物も豊富にある。水量が増えたことにより、皆で作って積み上げた蛇籠の石の隙間にはクローバー以外の雑草も生え、田舎の農地の用水路のような、とてものどかな風景となっている。良い意味で変わり果てた風景に心が奪われる。


「素敵ね……」


 どこか懐かしいと思うのは日本の光景に似ているからだろうか? それとも、つい最近まで滞在していたリーンウン国を思い出してだろうか? 自分で自分の感情がよく分からないが、私はこの景色が好きなのだろう。


「……あら? ここにこんなに水が流れているということは、お父様のオアシスは……?」


 そうだ。お父様は本物のオアシスに魅了され、この水路の先に手作りのオアシスを建設した。人工オアシスは完成したが、水がそこまで流れることがなかった為に、お父様は荒れて無駄な被害者まで出たのだ。


「オアシス? ふふっ。それも後でのお楽しみにしようか。お父様もお母様とどこかへ行っちゃったし」


 そう言って、スイレンはオアシスの方向を見て笑う。この笑顔は成功の笑顔だろうか? それとも失敗の笑いだろうか? 双子なのにスイレンの表情が読み取れないことがある。普段は純粋なのに、時折黒い部分も見えたりするからだ。


「分かったわ。後での楽しみがどんどん増えるわね」


 そして私は水の入ったバケツを持って住居へと戻った。


「少しずつ! 少しずつよ!」


 現在、私たちはシンクの下にしゃがみ込み、排水口がちゃんと機能しているかの確認をしている。シンクに水を流し込んでいるのは力が有り余っているジェイソンさんだ。


「ど……どうかな?」


 緊張の面持ちでジェイソンさんは水を流す。


「……大丈夫じゃない?」


「大丈夫そうね。ジェイソンさん、もう少し水量を多くしてみて」


 その言葉でジェイソンさんはバケツを持つ手の角度を上げる。先程の倍の水を流したが、どうやらしっかりと排水口に水が流れているようだ。

 そして何かがあった時の為にと、排水口の近くには側溝の蓋のようなものがあり、タデがそれを開けて中を確認する。


「ちゃんと流れているぞ」


 石の蓋なので重くて危ないからと、この王国でのもう一人の父親は蓋を開けさせてくれなかった。久しぶりに会ったら過保護になっている気がする。

 スイレンとブルーノさんはS字のパイプの仕組みが気になるらしく、触りたいのを我慢してウズウズとしているようだ。二人の為にも早めに作業を切り上げよう。


「じゃあ次は浴室ね」


 全ての水を流し終え、問題がないのを確認し私たちは浴室へと移動した。そしてそこで私は激しく頭を抱えることになるのだった。

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