第262話 国境〜リトールの町

 ニコライさんと別れた私たちは、田園や畑、森などを横目に進み、お父様が迷い込んだオオムギ村を遠目に見ながらついに国境へと到着した。


「カラスさん、ハトさん、お久しぶり」


 挨拶のために一度馬車を停めてもらい、降りて挨拶をする。


「この度はリーンウン国のために本当にありがとうございました」


「もう帰っちゃうんですか……?」


 カラスさんは私たちに丁寧に頭を下げ、ハトさんは垂れ目がさらに垂れてしまうほどにしょんぼりとしている。


「困った時はお互い様よ。それにまた来るし、すぐにではないけれど国境も出来るのよ」


 そう言うと二人は「あぁ……あの山を崩すのですね……」と窓から指をさす。その先を見ると、確かに他の山よりはかなり標高が低いが、そこそこに立派な山がある。


「……お父様? ……あれを崩すのはさすがに無理じゃないかしら?」


 その私の言葉にリーンウン国の兵たちの目つきが変わる。明らかにもっと言ってくれというのが伝わってきた。


「カレンよ、何か勘違いしているな。私は山を削るとは言ったが、山頂から崩すなどとは言っていない。兵たちもそのようなことを言っていたが、皆私よりもやる気があると思っていたが……」


 どうやらお父様は山と山の間の谷を削るつもりだったようだ。私たちはお父様とじいやの筋力や体力が、一般人とは桁違いだと思っているので勝手に勘違いをしていたらしい。

 その朗報とも言える衝撃の事実を知り、リーンウン国兵たちは喜びの雄叫びを上げたが、それを聞いたお父様は「やる気があって良い」と、良い意味の勘違いをしてくれた。


「いやぁ〜、俺はシャイアーク国の国境警備隊だから手伝えなくて悪いなぁ〜」


 そこに全く悪びれず、むしろ清々しいまでに喜びを含んだ言い方のレオナルドさんが口を挟んだ。面白くなさそうな表情でじいやが見つめているが、レオナルドさんは決してじいやの方を見なかった。賢い判断だ。


「それにしてもレオナルドも他の兵たちも、見る度に体が大きくなってるな」


 何気なく発したカラスさんの言葉に、レオナルドさんも御者代わりの兵も、焦点が合わない目で無言で微笑んでいる。それほど壮絶な日々だったのだろう……。


「おぉ! 私としたことが……国境警備隊こそ鍛えねばならなかったな。お主もレオナルドも後で鍛え方を教えてやってくれ」


 じいやがうっかりしていたと反省し、御者代わりの兵とレオナルドさんにそう告げると、一瞬黒い笑みをこぼしたのは見なかったことにした。


「じゃ……じゃあ私たちは帰るわね! またそのうち会いましょう!」


 挨拶もそこそこにお父様とじいやを客室へ追いやり、小声で兵とその場に残ると言うレオナルドさんに「本当にお疲れ様でした……無理はしないでね」と、労いの言葉をかけて私たちは国境を抜けた。


────


「カレンちゃん!」


 馬車から降りた私にペーターさんが駆け寄って来る。

 国境を抜けた私たちは、あくまでもリトールの町へ行商に行くと見せかけ、ハーザルの街の横を通って来た。市場が所狭しと並ぶ活気溢れる街だが、私たちの存在を知られるわけには行かないので危険回避のため、ハーザルの街には寄らずに真っ直ぐにリトールの町へと来たのだ。


「ペーターさん! お久しぶり!」


「あぁ良かった! モクレン殿もベンジャミン殿も、よくぞご無事で!」


 ペーターさんは私を軽く抱きしめ、涙ぐみながらお父様とじいやの手を握る。


「ははは! 私たちは友人だろう? そんなに畏まる言い方はよせ」


 そう言い、お父様はペーターさんの肩をポンポンと叩く。その行動でペーターさんは余計に感動しているようだ。


「そうだわ、ペーターさん。大きめの荷車を二つほど用意してくれるかしら?」


「寄って行かないのかい?」


「えぇ。今日はこのまま帰るわ」


 寄っていきたいのは山々だが、荷物の中には食べ物や植物もある。その理由からなるべく急いで帰ろうと思っていると伝えると、ペーターさんは町の中へと戻り、町民に声をかけている。


「カレンちゃん!」


 荷車よりも先に到着したのはカーラさんだった。


「カーラさん! ごめんなさい、せっかく用意してくれた服だけど、私たち汚してしまって……」


「そんなこといちいち気にするんじゃないよ! クジャク姫も無事なんだね?」


 リーンウン国へと向かう時に貰った服は汚れて処分してしまった。申し訳なく思っていたが、カーラさんは全く気にしていないようだ。

 そして少しの間をおき、見慣れた面々が荷車と共に集まって来た。ジョーイさんは「無事に戻ったお祝いだ」と荷車をプレゼントしてくれ、お父様やじいやがお礼を言っている。


 アンソニーさんも店を放棄して来てくれ、ブルーノさんのお弟子さんたちも集まり、男たちは馬車から荷車へと荷物の載せ替えを手伝ってくれる。


「あの馬車で帰るんじゃないのかい?」


「あのバはリーンウン国のバだし、道中は過酷だからちゃんとお返しするの。ここまで乗せてくれただけで感謝よ」


 あれこれとカーラさんに質問攻めにされ、私は手伝うことが出来ない代わりにこちらからも質問をする。どうやらブルーノさんは一度も帰ることなく、ヒーズル王国で建築に没頭しているらしい。そしてジェイソンさんもまた国境に戻ることなくヒーズル王国に滞在しているとのことだった。


 そんな質疑応答を繰り返しているうちに、男手によって荷物は荷車へと載せ替えられた。


「バタバタして本当にごめんなさい。後日またゆっくり来るわ! リーンウン国のみんなにもよろしく伝えてください!」


 そうして私たちはヒーズル王国へと帰るべく歩を進めた。その時御者代わりの兵が「馬車で運んだ荷物を人力で運ぶなんて……」と、半分恐怖感を込めて呟く声が聞こえてしまったのだった。

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