第261話 予想外の再会
水田に挟まれた道の真ん中で私たちは馬車から降りた。
「こんにちは! 久しぶりね!」
私たちの乗る馬車と向かい合うように馬車が止まっており、そちらに向かって大声で叫ぶと人が降りて来た。
「カレン嬢ー! ここで会ったのも何かの縁! やはり私たちは何かの縁で繋が……モクレン殿、お久しぶりです」
そうなのだ。前方から進んで来たのはテックノン王国の馬車だったのだ。バの種類が違うのですぐに分かったし、何回も会っているとバの顔も違いが分かり、いつも会うバだとすぐに分かった。
そしていつものように騒がしく降りて来たニコライさんだが、後ろにいるお父様を認識すると慌てて真面目なモードになったようだ。
「久しぶりだな」
お父様が手を差し出すと、緊張からか小刻みに震えながらニコライさんは握手をする。
「えぇと……見ての通り城に向かっているのですが……皆さんはお出かけですか?」
暑くもないのに汗ばみながらニコライさんはそう問いかけてきた。
「私たちはそろそろヒーズル王国に帰ろうと思って。帰国するところよ?」
そう返答するとニコライさんの汗が増す。
「そう……ですか。カレン嬢に頼まれたものを作ってきたのですが……」
「え!? それは見せてちょうだい!」
御者代わりの兵に待っていて欲しいと伝え、ニコライさん側の馬車へと移動する。私に顔を近付けるバを撫で、いつもの御者に挨拶をし、客室の方へと歩いて行くとマークさんが降りて来た。
「……いつもお世話になっております」
「マークさんもお久しぶり」
そうして私とお父様と握手を交わすが、何だかマークさんも歯切れが悪い。
「カレン嬢たちはこれから帰国するそうです……。作ってきた例のものを……」
ニコライさんがそう指示を飛ばすと、マークさんは別の客室から丁寧に布に包まれたものを取り出した。その布を外すと真っ白な陶器が姿を現した。ツヤツヤとした表面は太陽の光を反射して眩しい。
「わぁ……見事ねぇ……」
全方向から眺めていると、ニコライさんに声をかけられる。
「カレン嬢? これは何なのです?」
「あぁ、これはお便所よ」
この世界では基本的に地面に穴を掘って用を足す。リーンウン国では肥料として使う為に便槽があったが、やはりポッカリと空いた穴の上にしゃがんでする。下手に美樹の記憶があるだけに、もうこのスタイルは嫌なのだ。
「……どういうことです? え?」
理解が出来ないとばかりに、あのニコライさんすら呆けて私を見ている。
「ただの穴にするのはもう嫌なの!」
何か気恥ずかしくなり叫ぶと、「美しい女性は便所にまで美を求めるのですね!」などと余計なことをニコライさんは言う。
「もうその話は良いから! お幾らかしら!?」
「あ、いえいえ、試作品なのでお代はいりません。どのくらいの楕円が良いか分からず、いくつか作って来たのですよ」
そう言ってニコライさんとマークさんは他にもいくつか便器を降ろした。ニコライさんたちは便器とは分かっていないようだが全て確認し、明らかに便器に向いていないもの以外は持って帰っても良いとその場で譲り受けた。
「ふむふむ。円に近ければ良いのですね」
「と言うよりも、最初に見たこれが一番良いわ。しばらく帰ってないから住居がどれほど完成しているか分からないけれど、これを注文するから在庫を作っておいて欲しいわ」
するとニコライさんは真面目な顔をして口を開いた。
「……どのように使うのですか?」
「それは国境が完成したらお便所を見せるわよ! 今この場で出来るわけがないでしょう!?」
軽くパニックになりながら叫ぶと、お父様は「そういう意味で聞いたのではないと思うぞ?」などと、珍しくまともなことを言った。
「あとはこちらですね」
そう言って差し出されたものはステンレス製の蛇腹ホースだ。
「わ! すごいわ! よく作れたわね」
ホースをグニグニと動かしていると、またも用途を聞かれる。上手く説明が出来ない気がして、単に排水に使うと言うと、それも後で見せて欲しいと強く言われた。
「これは大きさや長さをいろいろと作ると良いと思うわ。これも本当に貰っても良いの?」
ステンレス製のホースを持ってそう聞くと、二人はニコニコとしながら頷く。
「ではありがたく頂戴するわ。じゃあ城まで気を付け……」
「待て、カレン」
私が話している途中で珍しくお父様が話を遮った。
「スコップやツルハシは?」
お父様の問いかけに二人は張り付けた笑顔のままカタカタと震え出した。
「そういえばそれが本当の注文だったのよね。今から納品に行くのでしょう?」
数秒の沈黙の後、二人は猛烈に謝罪し始めた。
「すみません! 本当にすみません!」
謝罪の意味が分からずにどういうことか聞くと、薬品不足からダイナマイトの製造が遅れ、今現在もヒーズル王国との国境開通の為に人力で工事が進められているそうだ。
その工事が思った以上に難航し道具の破損が相次ぎ、ニコライさんの関連会社のスコップやツルハシはほとんどその現場に持ち込まれているらしい。
「そういうことなら仕方あるまい。ハヤブサにも正直に言えば怒らんはずだ」
お父様の言葉にニコライさんは目を見開く。というか、ハヤブサさんは怒るどころか喜ぶと思ったがあえて口にしなかった。
「ハヤブサ王を呼び捨てですか!? そこまで親交を深めていたのですね……さすがですモクレン殿! ……いえ、モクレン王!」
そう言ってニコライさんはお父様に抱きつき、お父様は「好きに呼べば良い」と、そして「本当に面白い」とまるで犬を撫でるかのようにニコライさんを撫でていた。どうやらお父様のお気に入りになっているようだ。
そして私は見逃さなかった。このやり取りがずっと聞こえていたであろう、私たちの馬車を操るリーンウン国兵が、あからさまにホッとした表情をしていたのを。気持ちは分かるので、私は何もツッコまなかったのだった。
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