第201話 カレンの冒険〜川の上流〜

 一度広場へと戻りポニーとロバを放牧する。お父様は二頭を連れて行こうと言ったが、何かあったら私が嫌なのだ。まだ足を踏み入れたことのない場所に行こうとしているのだ。何かがあって二頭を必ず守りきれるとは限らない。お父様にじいや、そしてタデもいるので安心感はあるが、足を引っ張るとしたら私だろう。それを告げると三人は折れてくれた。


「もしかしたら一晩夜営をするかもしれんな」


 なんとなく発したお父様の言葉だったが、この広場から北の山までもかなりの距離があるのだ。充分にそのことは考えられる。ならば準備を怠ってはいけないと、私たちは荷車にたくさんのものを積み込む。その中でも私の心を掴んだのは防寒用の毛皮である。大事に仕舞い込んでいたというそれは完璧な天然ものだ。少々ノミやダニが心配になったが、ぱっと見た感じではいないようで安心する。


「レンゲに言わなければ」


「ハコベに心配するなと伝えなければ」


 愛妻家である二人は布作りの場へと走る。私とじいやはその背中を見て笑い合った。


────


「あれ? みんな川に行くの?」


 石管作業現場の横を通ると、今度こそスイレンは私たちに気付いてくれた。


「えぇ。川の上流に向かうの。スイレンも行く?」


「今日はブルーノさんに計算を教えてもらうから行かない。気を付けてね」


「そ……そう」


 冒険よりも勉強を選ぶスイレンに苦笑いをしてしまう。もちろんそれがスイレンらしい選択なのだが。

 スイレンと分かれ、先程植樹をした場所へと戻って来た。進行方向の向きを変え、私は気合を入れる。


「さぁ! まだ見ぬ場所へ冒険よ!」


 大声を出しながら川の上流部に向かって右手の人さし指を伸ばすと、すかさずお父様が呟いた。


「見える範囲、どこまでも同じ景色が続いているように見えるがな」


 その言葉にタデもじいやも吹き出す。しかしお父様の言う通りなのだ。視線の先は川とまばらに生える草原と岩しか見えない。川がなければ確実に迷うであろう景色が広がっているのだ。なので余程のことがない限り川から離れないように進むことにする。


「姫、大丈夫だ。モクレンは迷子の天才であるくせに、耳だけは異常に良いのだ。多少川から離れたくらいでは水の音が聞こえないなんてことはない」


 なるほど、と頷いた私は目標を変更し、お父様から目を離さないこととお父様を迷子にさせないことに重点を置いた。何はともあれようやく出発である。

 しかしお父様の言葉通り行けども行けども同じ景色しかない。生き物の気配も、元々生えていたであろう植物の痕跡もないのだ。川の中にはクレソンではない水草が所々生えているくらいである。


「それにしても何もないわね……」


 広場の方から侵食してきた雑草すらも足元にほとんどなくなり、私が目覚めた時のように砂しかなくなってきた。生きるために広場の周辺の景色をまるで変えてしまったが、この赤い砂が続く景色が美しいとも思ってしまう。

 この土地にとって私がしたことは、環境保護なのか環境破壊なのかとしばし自問自答をするが、私たちも生きねばならないのだ。景色を守りたいならば川の向こうにも砂漠は広がっている。ならばこちら側は緑を増やそうと私は思った。

 その日は日没近くまで歩き続け、持って来た薪で火を起こし食事をする。そして持って来た毛皮を着て全員がくっついて眠った。


 翌朝起きて驚いたのは毛皮の保温性である。夜は冷え、ましてや私たちは川から少し離れたとはいえ、川辺で眠ったにもかかわらず寒いと思うのは顔面くらいである。とはいえ私はお父様とタデに挟まれて眠ったので特に暖かかったのだ。じいやにいたっては「暑い」と連呼しているが、本当にじいやの体の作りはどうにかしていると再確認することが出来た。


 簡単な朝食を食べ私たちはさらに上流を目指す。しばらくは前日と全く同じような景色が続いたが、太陽が真南に見える頃に変化が表れた。坂を登っている感覚がするのだ。振り返って見るとどうやら緩やかな傾斜を登っているようである。変化があったことで私たちはよりやる気に満ちあふれる。

 そのまましばらく進むと岩が多くなってきた。気付けば川幅も狭くなり、流れの速い岩だらけの渓流といった感じになっている。ただ私の知る渓流と違うのは、やはり植物が周りに生えていないということだ。

 進むにつれ足元は岩場へと変わり、荷車を引いては歩けないようになってしまった。


「お父様どうしましょう? 私たちだけであればまだ上には行けるでしょうけれど……」


 困り果てた私はそう呟き大人たちの顔を見る。


「では荷車はここに置いて行こう。手分けして荷物を持てば問題はない」


 大人たちはそれは楽しそうに持って来た麻袋に荷物を詰め込んでいる。毛皮までギュウギュウに詰めているので、帰るという選択肢はまるでないようだ。もちろん私も同じ気持ちである。先を見れば少々岩登りをしなければならないのかもしれない。野生児のような姫である私はそんなことくらい気にしないのだ。


 私たちは顔を見合わせ、ニヤリと不敵に笑いあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る