第181話 ヒーズル王国のご案内②
ナーの畑から移動をするが、三人は今度は畑の横に植えたデーツの木が気になるようである。森の民ですら見たことのない木であるし、リトールの町付近にももちろん生えていない。
「……先程の広場にも一本ありましたがこれは……?」
口を半開きにしたジェイソンさんが問いかける。
「ふふふ。この場所にしか生えていない木よ。実が成ったらリトールの町に売りに行くわ」
私は自信満々にそう答えるが、三人は意味が分からないといった風に「はぁ……」と気の抜けた返事をする。その間も移動を続けているので、最近完成した製油工場の前を通りかかった。今日は宴のために中に誰もいないので窓も扉も閉まっている。中で作業をする時は熱いので可愛らしい木製のドア状の窓を開け放ち、日差しが強い時はヒイラギに頼んで作ってもらった木製ブラインドで日差しを遮る。
「ここは……?」
建物に興味を示したブルーノさんが口を開いた。
「そういえば三人にはまだ振る舞っていなかったわね。カーラさんとジョーイさんとアンソニーさんには試作品を渡したのだけれど、ここは油を作る場所よ。中は秘密」
含ませ笑いをしながらそう言うと「油!?」と三人はまた驚く。やはりこの世界では油を作るのは中々に困難な作業らしく、その場所を作ったことに三人は心底驚いていた。
呆けた三人を載せた荷車はゆっくりと進み、材木置き場や樹皮を干している場所を通り過ぎた頃にペーターさんは声を上げる。
「あれはなんだ?」
どうやら糸車と織機を見つけたようだ。
「カレンが考えた糸を作る道具と布を織る道具ですよ。伝統的なものよりも早く仕上げることが出来て大変重宝しているの」
私の隣を歩いていたお母様が声を発する。というかほとんどの国民が私たちの後ろに付いて来ているのだが。お母様の声が聞こえているはずなのに三人は口を開けたまま動かないのでそのまま進む。
少し歩くと現れるのはポニーとロバの家である放牧地だ。柵の中は青々とした牧草が茂り、立派な屋根付き寝床が建てられているのを三人は興味深げに見ている。
「一度ポニーとロバにおやつをあげましょう」
そう言うと近くの民が放牧地に入り牧草を持って来てくれた。モシャモシャと食べるポニーとロバのお尻を見ていたペーターさんが声を上げる。
「……この国で水はどうしているんだ? 井戸を見かけないが……」
「もう少し待ってくれ。一番の見所を案内する」
お父様はそう不敵に笑う。そしてまた歩き始め、元バラックだらけだった場所を通り過ぎる。あのかろうじて屋根があったくらいだったバラックは全て無くなり、今は簡易とはいえ家が建ち並ぶ。初めは板を貼り付けたくらいだった小さな民たちの家は、今では増築と増強を重ねゆっくりとくつろぐことが出来る大きさになっている。とはいえ簡易なのでかなりしっかりとした掘っ立て小屋といった感じなのだが。
ここからはしばらく草原でしかない場所をのんびりと歩く。三人は一言も話すことなく、そよそよとなびく風を浴びながらボーッとしている。そろそろ水路に着く頃にお父様はいたずらっ子のような表情で振り向く。
「良いと言うまで目を閉じていてほしい」
まるで子どものような物言いに三人は面食らいながらも素直に従う。そして水路が見え始め水の音が聞こえてきた頃に、三人が見やすいようにポニーとロバの向きに気を配りながらお父様は声を上げた。
「カレンが考えスイレンが設計をした我が国の宝だ! 目を開けてくれ!」
宝物を見てもらいたい子どものように、お父様はワクワク感を全面に出している。目を開けた三人は口々に叫ぶ。
「カ……カレンちゃんとスイレンくんがこれを!?」
「あの大量の鉄線の購入はこういうことか!」
「何ですかこれは!?」
恐らくこういった水路を見たことがなかったのだろう。三人は荷車を飛び降り、水路脇で流れ出る水を驚愕の表情で見ている。
「この先にね、川があるんだけどわざわざ汲みに行くよりここに水路を作ろうってカレンが言ったんだ。確かに僕が設計をしたけれど、今まで見たもののほとんどが民たちが作ったものだよ。この国の民はすごいんだ!」
スイレンもまたお父様に負けないくらいの笑顔でそう言うと、三人は口を開けたまま拍手を始めた。それを見た私は笑いながら口を開く。
「考えて形にしたまでは良かったのだけれど、あまりにも水量が足りなくて今また増設しているの。水を汲む分には問題ないのだけれど、本当はここは川のようになるはずなのよ」
ほとんど水位のない水路の底を指さして言うと、先日のしょんぼりとしたお父様を思い出したのか民たちのあちらこちらから笑いが起こる。
「……ちょっと常識からは考えられない。この年齢の子たちがこれを考え作るなんて……モクレンさん、この子たちは神童だよ」
「ははは! ただのお転婆娘と小心者の息子だ!」
まぁ! お父様ったら! けれどその通りなのよね。民たち、特にタデとヒイラギはお父様の言葉を聞いて「違いない」と笑うが、三人は笑うことなくただただ呆然と水路を眺めていた。
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