第180話 ヒーズル王国のご案内

 ジェイソンさんは食べる量が変わらないままだったが、高齢であるブルーノさんとペーターさんはその量にもスピードにもついていけず、ほんの少しの果実を啄むだけとなっている。


「それにしてもこんなにも美味い食材があるなんて……」


「本当だ。リトールの町でもここまでしっかりとした野菜や果物は実らない」


 ブルーノさんとペーターさんが口々にそう言うと、お父様は立ち上がり口を開いた。


「ではそろそろ私たちの作ったものなどを紹介しよう。だが範囲が広いのでな。お二人のことはポニーとロバにお願いしよう」


 宴の最中に民たちは荷物を降ろしていてくれたようで、近くでのんびりとしていたポニーとロバは名前を呼ばれピコピコと耳を動かしている。鞍がないので近くにいた者が荷車を取り付けてくれると、二頭はゆっくりとした足どりでブルーノさんとペーターさんの側に寄ってきた。


「チバ、ニバ、よろしく頼むよ」


「お前たち立派な名前をつけてもらって良かったなぁ」


 二人はそう言いながら荷車に乗り込む。すっかり忘れていたがポニーは『小さなバ』から『チバ』と呼ばれる生き物だし、ロバは『荷物を運ぶバ』から『ニバ』と呼ばれる生き物だ。二頭は二人が乗り込むのを大人しく待っているが、なぜオヒシバだけに敵対心があるのかが未だに分からない。言葉が通じないので理由を聞くことも出来ないのだが。


「思いがけず畑が大きくなってしまってな。中に入るのは大変なのでここから眺めるだけにしてほしい」


 青々と茂る畑を見て三人は驚いていたが、意外にも野菜よりも畑の周りに何個かある物に興味を示したようだ。三人の視線はコンポストに向けられている。


「これが気になるの? 堆肥を作っているだけよ」


 私の言葉に三人は驚いている。


「最初は森を作って豊かな土を混ぜ混んだりもしたけれど、運ぶのが大変でしょう? これだったら畑にも近いし簡単に堆肥を作れるから」


 そう言うとペーターさんが口を開く。


「いや、そうではなくてな。糞尿ではないのか? 堆肥を作るのが簡単?」


 大工であるブルーノさんも、兵隊であるジェイソンさんもピンと来ていないようだが、ペーターさんは困惑しているようだ。


「あぁ……それを使うのが手っ取り早いのは分かるんだけれど、私が使いたくないのよ。発酵させないと植物は根腐れを起こすし、病気の原因のものがばら撒かれてしまうし、何よりも臭いがね……。これは植物由来だから安心安全よ」


 ここまで言ったところで私はあることを思い出した。そうだ、その手があった。けれどこの話はあとにしよう。

 ペーターさんはコンポストを見たいと言い荷車から降りたので、私たちは一番初めに作ったコンポストの蓋を開ける。中にはいつでも使える状態のものが入っており、ペーターさんは興味深く観察し堆肥を触ったりしている。今では他のコンポストで樹皮を使ったバーク堆肥や、森から広葉樹の葉を集め腐葉土を作ったりしている。


「あとはコッコを使った草刈り・肥料・耕耘装置もあるわ。見る?」


 私の説明にペーターさんは舌を巻き、ブルーノさんとジェイソンさんは完全に理解はしていないけれど一緒に驚いている。


「では先にそちらに向かおうか」


 お父様が歩き出すとポニーとロバが付いて歩く。私たちの自宅の前を通り過ぎたところで今度はブルーノさんが声を上げた。


「これはオーブンかい?」


「えぇ。以前、病み上がりだからと何もさせてもらえなかったから、こっそり作ってトウモロコーンを焼いて食べたわ」


 思い出し笑いをしているとブルーノさんに質問された。


「このレンガはどうしたんだい?」


「良い粘土を見つけたから日干しレンガを作って、それを使って焼成レンガを少しずつ作って、そこが今の焼き場よ」


 ほら、と指をさすと三人は少し先にあるレンガの焼き場を見て呆けている。最近考えているのは、わざわざここに粘土を運ぶよりは粘土のある場所に焼き場を移動させたほうが良いのではないかということだ。後で皆の意見を聞いてみようと思う。


 呆けた三人を連れて向かったのはナーや香草を植えている畑だ。野菜や果物の畑よりは規模が小さく、それを広げるためにここはコッコに頑張ってもらっている。ブルーノさんとペーターさんは荷車から降り、ジェイソンさんを含め三人とも呆然としながらチキントラクターの威力を目の当たりにしている。


「ほら、ここを開けると卵を簡単に取り出せるのだけれど、今はコッコを増やすために卵はお預けなの」


 中には卵を温めているコッコがいて睨まれてしまったので、そっとコッコの部屋の扉を閉めた。三人はチキントラクターの構造が気になるようで、しゃがんであちらこちらを触っている。慣れた私が作った物なのでそう簡単には壊れないので見守っていると、お父様が近くに寄ってきた。


「コッコくらいで驚いていては心臓が保たんぞ。次を紹介しよう」


 お父様は三人の熱心さに笑いながらそう言う。ブルーノさんとペーターさんが荷車に載ると、なぜか混乱中のジェイソンさんまでも荷車に載ってしまったのだった。

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