第176話 試作品の配付

 ブルーノさんが戻ると同時に私は頭を下げる。


「ブルーノさん、どうか私たちの為に知恵と力を貸してください。本当は全部を完成させてからこの町の人を招きたかったのだけど、そうも言ってられないことに気付いたの。ぜひヒーズル王国に来て建築工事を教えてください」


 私が話し終わるタイミングと同時に皆も頭を下げる気配がする。


「あぁ、あぁ! そんなに畏まらないで! そんなに大したことじゃないんだから」


 ブルーノさんの言葉に頭を上げると、ブルーノさんは両手を振って慌てふためいている。


「こんなことを言うのもあれだけれど……王国とは言っても何もないの。来ていただいてもおもてなしも出来ないし、とにかく何もないのよ」


 眉をハの字にしてそう言うとブルーノさんは声を出して笑う。


「別にもてなされに行くわけではないよ? そんなことは気にしなくて大丈夫だ。私も久しぶりの旅に久しぶりの建築だ。それに時間が空いたらスイレンくんと数字の話が出来る。それだけで充分楽しみだよ」


 スイレンの数学の知識を知っているブルーノさんはやはり勉強を教えるつもりだったようである。私は絶対に参加したくはないのでその間はどう逃げようとかと考える。


「善は急げと言うからね。今から行こうか?」


 ニコニコと笑うブルーノさんに驚き大きな声を出してしまう。


「え!? 今から!? お弟子さんたちはどうするの!?」


「彼らはほとんどがもう一人前なんだよ。なのに私を慕ってくれて『弟子』と称して独り立ちしないんだ。どれだけ説得をしても首を縦に振らない頑固者たちなんだよ。彼らを残して行っても全く問題はないよ」


 そう言うとブルーノさんは「準備をしなくては」とウキウキし始め、その間に売り物を捌いて来たらどうかと提案までされてしまい私たちはひとまず外へと出た。


「……泊まり込むつもりで来たのに、すごいことになってしまったわね」


 肩の力が抜けた私が皆に言うと、やはり皆も同じような気持ちだったようで拍子抜けしたような表情をしている。


「でも占いおババさんの言う通りなんじゃない?」


 スイレンは嬉しそうにそう話す。今回の旅の前に占ってもらったところ『良』という一文字だけが見えたそうだ。もはや良い結果すぎて怖いくらいだ。

 苦笑いをしつつカーラさんのお店を目指すと、今日もまたカーラさんはつまみ食いをしながら店番をしている。


「カーラさんこんにちは!」


 違う方向を見て私たちに気付いていなかったカーラさんに声をかけると驚いて声を上げている。


「カレンちゃん! よく来たね!」


 勢いよく食べ物を飲み込んだカーラさんは笑顔で迎えてくれる。いつものように売買を済ませた私はカーラさんに小瓶を手渡す。


「油を作ってみたのだけど、晩ごはんにでも使ってみて。試作品だからお金はいらないわ」


「油だって!? そんな貴重なものをいいのかい?」


「うん。今度来た時に感想を聞かせて。……ごめんなさい、今日は急ぐからまた今度ね」


 カーラさんに油を手渡した私たちは二手に分かれることにする。町の入り口でブルーノさんと待ち合わせなのだが、手早く済ませたつもりでもカーラさんのお店で時間がかかってしまったのだ。油の小瓶をイチビたちに一つ渡しアンソニーさんのいる食堂へと持って行ってもらい、その間に私たちはジョーイさんの店へと行く。


「ジョーイさーん! こんにちはー!」


 店の中に向かって叫ぶとバタバタとジョーイさんが出てくる。


「カレンちゃん! 皆さんもこんにちは! あれ? 町の人たちから来ているとは聞いていたけど、今日は泊まらないの?」


「そうなのよ。ちょっと急いでいるわね」


 そう言うと残念そうな顔をしながらもヒーズル王国製の様々な商品を買ってくれる。そしてこちらも必要なものを買い込み荷車に載せる。


「そういえばね、リーンウン国で何かあったのか、お姫様はしばらく来れないって遣いが来てたんだよね。お姫様は元気らしいんだけどね。それからすぐにニコライさんが来て、ありったけのスネックを買って行ったからリーンウン国に行ったと思うんだけど……」


「まぁ……どうしたのかしら? 心配だわ……」


「クジャクさんは元気なんだよね? 食欲もあるようだし」


 ジョーイさんの話を聞いて心配していると、それを聞いたスイレンが横から口出しをしてきた。あの国で積極的にスネックを食べるのはクジャだけだろうから、スイレンが言う通り食欲はあるのだろうけれど心配である。


「後でまた遣いの人に詳しく聞いておくよ」


 そう話すジョーイさんに頷く。そしてジョーイさんにも油の入った小瓶を渡す。


「試作品の油なのだけれど、後で料理に使ってみて。売り物になるか判断してほしいの。カーラさんとアンソニーさんにも渡したのよ」


「油!? まさか作ったのかい!? そんなに簡単に作れるものじゃないだろうに……」


 貴重と言われる油を手にしたジョーイさんはしみじみとそう呟く。この世界ではどう油を作っているか分からないが、私たちは確かに簡単ではないが油を作り始めたのだ。売れるものなら売って稼ぎたい。


「次に来た時はもっとたくさん持ってくるけれど……」


「ヒーズル王国製なら間違いないだろうし楽しみにしているよ。今晩は油炒めでも作ろうかな」


 楽しそうに笑うジョーイさんに別れを告げ、ブルーノさんとの待ち合わせ場所である入り口に向かうことにした。

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