第175話 リトールの町で
ぐすぐすと鼻をすすりながらリトールの町の前まで行くと、いつも入り口の前に座っているペーターさんが「待っていました!」と言わんばかりに手を振りながらこちらへ向かって歩いてくる。
「カレンちゃーん! スイレンくーん!」
ペーターさんの孫を待ちわびたおじいちゃんのような振る舞いに、私とスイレンは走り出し抱きついた。
「ペーターさん! まるで私たちが来るのが分かっていたみたい」
「ペーターさん、お久しぶり!」
いつものように優しく頭をポンポンとされているとペーターさんは嬉しそうに口を開く。
「なんだ? カレンちゃんは泣いているのか? 最近はカレンちゃんに教えてもらった娯楽ばかりしていたが、久しぶりに占いをやったら『待ち人が来る』と出たんだ。私の待ち人と言えばカレンちゃんとスイレンくんだ」
その嬉しい言葉にスイレンと共にニンマリと笑っているとじいやたちが追いついた。
「お久しぶりですなペーターさん」
「おぉ! ベンジャミンさん! よく来てくださった」
二人はガッチリと握手をし、しばし世間話に花を咲かせる。じいやの年齢はいまだに教えてもらえず、民たちに聞いても「姫様に内緒にするように言われています」と返され不明だが、ペーターさんは日本人の感覚からすると超ご高齢なのに若々しいというよりは生き生きとしている。賭け事を教えた辺りから特に生き生きとしているに見えるのは気のせいだろうか?
「では私たちはブルーノさんのところへ行きますので」
じいやの話が終わりぞろぞろとブルーノさんの家を目指して歩くと、町の人たちから普通に挨拶をたくさんされる。もはや第二の故郷である。
「「ブルーノさーん!」」
玄関前からスイレンと名前を呼べばバタバタとブルーノさんが出て来てくれた。ブルーノさんもご高齢なのだが、こちらは悠々自適に暮らしているせいかペーターさんと比べると若々しい。実際にペーターさんよりは若いのだが。
「カレンちゃん! スイレンくん! それに皆さんも! よく来たね! さぁ中へどうぞ」
事前に連絡する手段もない為に突然押しかける形となってしまったが、ブルーノさんはとても嬉しそうに家に私たちを招き入れてくれる。ポニーとロバを玄関前に繋がせてもらい私たちは揃ってお邪魔させてもらった。
中へと入ると慣れた手つきでオーレンジンを搾り、私たちに生搾りオーレンジンのジュースを振る舞ってくれる。
「今日はどうしたんだい?」
自分の分を持ち席に座ったブルーノさんが口を開いた。
「あのね、大工の仕事や建設について詳しく教えてほしいの」
そう言うと驚いていたが、立場の強い女性たちがこの町やブルーノさんの自宅のような家に住みたがっていると言うと笑われた。ブルーノさんは昔は近隣の町などへ赴き建築したりしていたそうだが、今は年齢的なものからこの町の建物の修繕をメインでやっているそうだ。お弟子さんたちが今では近隣に向かっているらしい。
「いくらでも技術を教えるよ。ただ思ったのだが……私がそちらの国に行ったほうが良いんじゃないかな?」
この申し出は非常にありがたい。作業をする者たち皆が覚えることが可能だ。だが、なぜか驚異的なスピードで植物が生えるあの土地のことを知られても大丈夫だろうか? 私たちは目配せし合う。そのタイミングでお弟子さんに呼ばれたブルーノさんは「すまない、少し席を外すよ」と工房へと向かって行く。
「……どうしましょう? ありがたいけれど、あの土地の不思議な力をどう説明したら良いかしら……」
小声で囁くとタデが反応する。
「……森は奥に入らなければそうそう分からないのではないか?」
さらにはじいやとヒイラギも口を開く。
「畑はどうしましょう?」
「柵なんて作って見えないようにしちゃったら?」
口々にそう言っているとスイレンが「はい」と手を上げ、私たちが注目すると元気に発言をする。
「どんなことだってブルーノさんは受け入れてくれると思うよ? 内緒にしてって言ったら内緒にしてくれると思うけど……植物の成長のことよりも、民たちの家のほうが大事じゃない?」
一気に私たちの肩の力が抜けた。秘密を知られたら、とか保身のことしか考えていなかった私たちは深く反省をする。そうなのだ、今は民たちの住まいについてを最優先で考えなければいけなかったし、それを手助けしてくれようとしている人に対して少なからず拒絶の気持ちを持っていたのだから侮辱行為だろう。スイレンの発言によってガツンと頭を殴られたような衝撃が走り、曇ってしまった心の目が覚める。
「そうよね……ここまで親切にしてくれるこの町の人たちにも失礼よね……。うん、ブルーノさんにお願いして来てもらいましょう。良いわね?」
私の言葉を聞いた皆は「姫が決めたことに従う」と言ってくれる。私も笑顔で頷きふと隣のスイレンを見ると、驚くほどニコニコと嬉しそうにしている。
「良かった! これで毎日数字の勉強が出来る!」
勉強という言葉に頭痛を覚えたが、もしやスイレンは最初からこれを狙っていたのだろうか? だとしたらとんだ策士である。私は引きつり乾いた笑いをこぼしたのだった。
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