第117話 いただきます

 動ける者、手の空いている者総出で盛り付けをしていると、数日ぶりなのにひどく懐かしく感じる声が聞こえた。


「カレン!帰ったのか!」

「カレーン!」


 その声に反応し顔を上げると水路建設組が広場に足を踏み入れていた。


「お父様!スイレン!……あ、盛り付けが……」


 走り出そうとしたところで変に冷静になり、作業の途中だったことを思い出す。お父様たちと食器を交互に見ているとお母様たちに笑われ「行ってきなさい」と言われる。申し訳なかったけれど、手にしていた食器をお母様に渡し私は走り出した。


「お父様!スイレン!ただいま!」


 両手を広げて走って行くとお父様がしゃがんでくれ、お父様とスイレンに同時に抱き着くことが出来た。


「お話ししたいことがたくさんあるの!食事をしながら話しましょう!」


────


「……というわけでね、そのニコライさんのせいと言うかおかげでリーンウン国のお姫様と仲良くなったの。今日の夕飯はそのリーンウン国の調味料、そして私の前世の国で毎日のように口にしていた調味料をいただいたものを使ったの。私に時間の余裕が出来たら遊びに来てと言われたわ」


 野菜炒めとネバネバ和え物にセウユをかけたものをお盆に載せ、全員に行き渡るようにし夕食会は始まった。醤油さしが残念ながら無いので柄杓でかけるが、量が安定せず多くかかってしまうものもあったがそれは塩辛いものが好きな民に回された。


「塩とペパーよりもこれは液体な分、野菜と絡み合って美味いな。リーンウン国はいつもこのような美味いものを食べているのだな。私もいつか行きたい」


 お父様はそう言いかなりの勢いで野菜炒めを食べている。


「オックラーとモリノイモにも合うわね。この調味料に合った作物も作ってそうね」


 お母様も夢中でネバネバ和え物を食べている。日本の醤油も産地やメーカーによって味が違うが、美樹の家では甘口醤油を好んで使っていたがこのセウユは甘みとしょっぱさが程よい割合になっている。このほのかな甘みが特に女性や子どもに大好評である。


「この汁物も美味しいね!僕は毎日でも食べたいくらい!」


 スイレンは味噌汁を既におかわりしている。かなり気に入ってくれたようだ。


「スイレンが気に入ってくれて良かったわ。ただ残念なのは出汁がないことなのよねぇ」


 なんとなく呟いた一言だったが、お母様や料理好きの民が「ダシ?」と聞き返す。


「えぇ。何と言ったら良いかしら……この味噌汁、あ、ミィソの汁物のことよ。これに深みというかコクというか……まぁそれがあればもっと美味しいものが出来るのよ」


 このままでも充分美味しいので、それは我がままだなと苦笑いをしているとお母様は不思議そうに口を開いた。


「それは何から作るのかしら?」


「魚とか昆布とか主に海産物よ。リトールの町では見たことがなくて。海が遠いのかしら?そういえば塩も岩塩だしきっと海から離れているのね」


 何気なく言った言葉にみんなの手が止まる。今度は逆に私が「どうしたの?」と不思議そうに問いかけた。


「カイサンブツってなぁに?」


「ウミとはなんだ?」


 お母様とお父様はそう言う。この世界と日本とでは名称の違うものが多いので、海もまた別の名前なのだろう。


「ほら、水は水なんだけれどとにかくしょっぱい水がある場所よ。塩分が豊富な水ね」


 この世界ではどういう名称なのかと期待しているとじいやが口を開く。


「あぁ、塩湖のことですな。シャイアーク国にもありますがリトールの町からは離れておりますからな」


 と笑っている。


「塩湖は湖でしょ?もっと規模の大きなものよ?川の行き着く先は海でしょう?」


 私にとっては常識的なことを言ったつもりだったが、みんなは困惑している。


「カレン、川の行き着く先は湖や湿地帯だぞ?山脈の下に潜り込むものもあると聞いたことはあるが、基本的には湖や池、湿地帯になるだけだ」


 海を知らない……?


「じゃああの川の下流は?大陸の外側は?」


 ヒーズル王国に流れる川について問いかけるとお父様は口を開く。


「探索したことはないな。だがおそらく湖に行き着くと思うぞ?それにどの国も高い山脈に囲まれていて、それを人が越えたとは聞いたことがない。低い山が崩れると本来はそこが国境になるだけだ」


 海がない?山脈を越えられない?いや、異世界なのだから地球の常識が通じない部分もあるだろう。登山をするにも充分な装備や道具が必要だ。だけれどあんなに大きな川があるのに海がないなんて考えられない。時間が出来たら下流に行ってみよう。そう心に誓い釈然としないまま食事を終えた。

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