第75話 カレン履物屋

 昼食時にそれまで何をしていたのか聞かれたが、チョーマを編んでいたと答えた。間違いではない。子どもたちが萎縮しないようにしたとも言ったが、内心はいろいろ作った履き物を後で全部見せたいからだ。


 素知らぬ顔をして昼食後に元の場所に戻る。次に作るのはぞうりだ。これも基本的にわらじと同じような作り方なので、わらじと同じか少し早いくらいで作ることが出来る。

 このカレンの足では鼻緒を体験したことがないので、きっとすぐに鼻緒擦れができるだろうなと思いながら鼻緒を取り付ける。つま先から編み鼻緒の端を底面に取り付けながら編み上げる。

 出来上がったぞうりを履くとやはり鼻緒の部分が痛いが、この痛さも懐かしいと感じる。


 そしてふと思った。畑仕事をし、モルタルを練り上げ左官工事までし、わらじやぞうりを作っている姫などこの宇宙中にいるだろうかと。いるのかもしれないが、さすがにどの姫も左官工事はしないだろう。全てが楽しいので不満はないが、みんなが想像する一般的な姫のようにもっと優雅で名前のように可憐なこともするべきではないのかと……。

 しばし呆然と考えていた私は閃いた。善は急げである。


 材木置き場の焚き木用の枝の中から、堅くて丈夫で持ちやすい物を選んで持って来た。それを小刀で削る。鉛筆も小刀で削っていたし、図工は得意だったので造作も無い。先を丸く加工し一部に溝を彫り、急ごしらえのかぎ針を作った。

 編み物は棒針編みという二本の棒を使う編み方と、かぎ針編みという一本の棒を使うものとがある。どちらも得意だが、細かい物を作る時は好んでかぎ針編みをしていた。

 美樹の家は冬の暖房代節約の為に、家の中でも暖かい服装をしなければならなかった。特に冬場は足が冷え、その対策に百均やアウトレットで激安の毛糸を買ってきてルームシューズを編んでいた。それを思い出したのだ。

 悲しい過去だが、編み物なんて優雅で姫らしいじゃないと自分に言い聞かせる。


 編み方は様々な種類があるが、今回はシンプルな物を作ろうと思う。模様を入れたりすると時間がかかるので、同じ編み方だけを繰り返して時間短縮を図る。

 一度縄をほぐして半分ほどの太さの糸にし、作り目をして長編みと鎖編みを繰り返し、つま先側から編んでいく。編まれた物が筒状になるように編み、足にあてがい足の甲の半分くらいまで編んだのを確認したら底面部分だけを編んでいく。ある程度編んだら底面側を地面に置き、サイズを確認したらかかとを縫い合わせる。素材のせいかルームシューズというよりはフットカバーのようだが出来はいい。そして同じ物を編み上げ、これで一足が完成した。


 休憩時に呼ばれた時にお母様に針のしまっている場所を聞くと、寝室の道具箱の中に入っているから好きに使って良いと言われ針も手に入れた。


 次に作るのはオシャレなルームシューズだ。かぎ針で細長く編んだ物の真ん中部分に糸を足し、足した部分を編んでいく。これも自分の編みやすい編み方で編み、出来上がりをT字の編み物にする。Tの字の縦の部分を底面にし、横の部分をかかと側からつま先に持っていき着物の襟のように重ねて底面と一緒にぐるっと一周を糸で綴じる。


「かわいい!」


 思わず声が出てしまう出来だ。そしてまた同じ物を作り、先程とは逆に重ねて糸を綴じる。個人的にこれが一番気に入り、まだ余っている糸で花のモチーフを作り足首に取り付けた。


 ちょうど夕方が近くなり、民たちは作業を終え広場に戻って来ている。見てもらいたくてウズウズした私は作った物を全部持って広場へと向かった。足元は最後に作った物を履いている。


「みんな!見て!」


 片足を上げてアピールすると民たち、特に女性陣が集まって来た。


「すごいわ!」

「どうやって作ったの!?」


 質問攻めに合いながらも他の作品も見せると、さらにざわめきだす。一つ一つを説明しながら、植物繊維を使っているので耐久性は低いと伝えるが、やはり初めて見る代物に興味津々のようだ。お母様たちはパッチワークのような布を切ったり縫ったりする裁縫はするが、編み物のようなことはしたことがないらしい。


「今度ゆっくり教えるわね」


 そう苦笑いで言っていると、普段農作業をしている民に声をかけられた。


「あの……それ、畑で作業をするときに使いたいです」


 その民が指をさすのはわらじだ。普段の靴だと中に土が入ってどんどんと土汚れが付いてしまっているらしい。このわらじであれば脱いだ後に足を拭けば良いと思ったようだ。作るのに時間がかかると言うと合間に自分たちで作るという。


 その場で翌日にわらじ作りの講習会が決定した。

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