第74話 カレンの達人技

 本当に手持ち無沙汰になってしまい、かと言って暇そうにしているのも心苦しいので意味もなく忙しそうにキビキビと歩く。行く場所の無くなった私が向かった先はお母様たちの糸作りの現場だ。


 安定して伐採出来るようになったオッヒョイは、数日に一回のペースで樹皮を煮るようにしたらしいが、干し場も増やしてオッヒョイやニィレ、チョーマ等種類ごとに干しているようだ。

 最初の頃とは比べ物にならない程に樹皮が干され、完全に乾燥した物は折りたたんで紐で縛り大きめのカゴに入れているようだ。作業に必要になるとそのカゴから必要な分だけ持ち出しているらしい。


「あらカレン、どうしたの?」


 お母様たちを見て呆然としていると、お母様に声をかけられた。


「布を織っているのね……驚いてしまって」


 スピンドルを使いこなせるようになった女性陣は職人のように糸を紡いでいる。糸が増えたのでその糸を使い布にしているようだが、まさかの腰機で織っている。機織りはいろんな国や民族によってやり方は違うが「こしばた」と呼ばれるそれは最も原始的な機織りだ。

 輪にした糸の束を建物の中であれば柱などに結び付けるが、ここは外なので木に結び付ける。もう一方を腰に装着した腰当てで固定し経糸をつりながら織る。経糸の張り具合を自身の体で調整できるので慣れれば織りやすいのだろうが、ある程度織ったら前進しなくてはならないのと幅の広い布は織れないのだ。


「カレンがいた場所では違う織り方をするの?とにかく布が欲しいから染めたり模様を入れるのはやめたのよ」


「そもそも普通は織らない生活だから……でも違う織機の構造なら知っているわ」


「それは聞き捨てならないな」


 お母様と会話をしていると後ろからヒイラギが現れ会話に入って来る。驚いて振り返ると意味深な笑みをこぼしている。


「姫はタデにばかり難しい細工を頼むけれど、私だってそこそこやれるんだよ?」


 珍しくヒイラギが自分をアピールしている。


「うーん……それじゃあ先に机と椅子を作ってもらってもいいかしら?完成したら簡易の物を作ってもらうわ」


「椅子に座ってやるのかい?分かったよ」


 そう言うとヒイラギは材木置き場へと向かって行った。その後ろ姿を見送り、糸紡ぎに参加しようとお母様たちの集まりをよく見てみると小さな子どもが何人か参加していた。見るからにガチガチに緊張している。無理もない。王妃であるお母様に姫である私までいるのだ。その緊張感を感じ取った私は子どもたちがやり辛いだろうなと思い、苦笑いでおババさんの元へと行く。おババさんはチョーマで縄を大量になっていたので分けて貰い、子どもたちの視界に入らない場所に移動した。最近は雑草も生い茂り私を隠してくれる。子どもたちがお母様に慣れた頃に私から話しかけようと思う。


 まず地面に縄を置きヒイラギの元へと走る。机と椅子を作る前に作って欲しいと、板を組み合わせ「⊥」の形にしてもらう。縦の板の先はフォークのように「Ш」の形に加工してもらった。ヒイラギは何を作るのかと気にしているようではあったが、織機の作製をしたいらしく机と椅子の作製を優先させることにしたようだ。


 さぁ美樹が職人を唸らせた仕事をしよう。今から作ろうとしているのはわらじだ。

 森の民ことヒーズル王国民が履いている履き物は動物の革から出来ている。足底の革に外側と内側の革を縫い付け踵側は綴じられていて、足の甲側の指側半分は縫い綴じ足首側にかけてはスニーカーのように革紐で結ぶ。指先の割れていない足袋に革紐が付いていて足首まで隠れるという、ハイカットスニーカーを想像させる作りになっている。

 私やスイレンは外に出ることがなかったのでそれなりに綺麗だが、大人たちの履き物は穴が開いて指が出ていたり壊れてしまったのか裸足の人が多い。


 そして何よりも裸足でその革の履き物を履いているので足が臭いのだ。子どもが親に「お父さん足が臭い」なんて言うレベルではない。みんながそうなので誰も気にしないが、うら若き女子が、そして仮にも姫が発していい臭いではない。


 まず縄を丁度いい長さに切り、ヒイラギに作ってもらった板のフォーク状の部分の外側に輪にして引っ掛ける。Vの字とでも言えば良いのか、輪になる部分を自分側に、縄の両端をそれぞれフォークに外側から回して引っ掛け手前に持って来る。一足程度ならば両足の指にかけて作るが、数を作るとなると足に負担がかかるためこの器具を使う。地面に接している板に座ったり足を置いて固定する。

 準備ができたら緯糸を編んで結び付け、右から左に、左から右にと編んでいく。時折指で隙間をつめながら編み、半分くらいまで編んだら「乳」と呼ばれる紐を固定する時に使う輪っかを作りながら編む。

 美樹の住んでいた場所は祭りがたくさんあった。特に神社の祭典で御輿を担ぐ者と、無形民俗文化財に指定されている数百年の歴史ある祭りで浴衣や晒に半股引を穿いた男衆がわらじを履く。

 美樹に稲藁編みを教えてくれたお年寄の一人がわらじ職人だった。最初は自分で作った縄でわらじを作る楽しさをを教えてくれたが、年齢と共にそこそこの物を作れるようになった美樹はよく手伝いに行っていた。祭りの前に注文が殺到するからである。中学を卒業してからはバイト代も出た為さらにやる気になり、職人が一足のわらじを作るのに大体二時間かかるところをもっと早く仕上げていた。正確には一時間四十五分前後である。お年寄たちには「職人を超えた達人だ!」と褒め称えられたものだ。


 そんなことを懐かしく思い出しながら作業をしているうちに一足のわらじが編み上がった。慣れた手つきでわらじを履き立ち上がる。履き心地はバツグンだ。ちょうど昼時になったが、人に注目されないようにあえて元の靴を履き私は昼食へと向かった。

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