第58話 カレンの左官講座

 スイレンとタデのコンビは沈殿槽の削る部分についてミリ単位で話し合っている。スイレンの要望に応えるタデの技術も相当なものだ。そのタデの作ったはめ込みの溝はモルタルの目地要らずなんじゃないかというくらいピッタリと石管が収まる。石管も沈殿槽と同様に砂と粘土で固定し、石管と石管を連結させてみるとこちらも恐ろしい程の精度でピッタリとはめ込まれた。現場のみんなは歓声を上げる。


「みんな聞いて」


 一旦全員を沈殿槽の辺りに呼び集める。


「今からセーメントというものを練ってモールタールというものを作るわ。モールタールは石と石をくっつける作用があるんだけど、タデの技術が凄すぎて要らないんじゃないかと思うけどちゃんと作業をするわ」


 みんなはタデの技術を見て「確かに」と笑う。私はリトールの町で購入したバケツをいくつか持ち、みんなを川辺へと連れて来た。


「セーメントという粉に水と砂を混ぜるとモールタールというものになるの。セーメントの作り方は知っているけど、私はみんなを危険な目に合わせたくないから教えないわ。他の国から買うことにしたわ。……と、話が逸れたわね。そしてセーメントに水と砂とこういう砂利を混ぜるとコンクリートというもっと強度の高いものになるの。大きな建築物とかの土台に使うのよ」


 みんなは砂利を手に取って熱心に聞いてくれる。


「あ……また話が逸れてたわ。コンクリートは今回の作業には使わないからね。モールタールは石を積み上げたり今回みたいな作業の時に目地として使うのよ。まずは水を汲んで戻りましょう」


 苦笑いでそう言うとお父様が水を汲んでくれ、私は川の周辺のきめ細かい砂をバケツに入れる。そしてみんなで元の場所に戻り説明を再開する。


「ここからは大事な話になるからよく聞いてね。まず作業をする時は必ず手袋をすること。今は手袋がないからこのボロ布を手に巻きつけるわ。手を守らないと、最悪手に穴が空いて血塗れよ」


 ボロ布を手に巻きながら少し脅すように言うと周りはざわめく。大抵は酷く荒れるくらいだけど、肌の弱い人は本当に手がボロボロになって血が出る。美樹のお母さんがそうだった。

 そして乾いた大きめのバケツを用意する。


「まずセーメント1に対して砂を3混ぜるの。砂はこのように細ければ細かいほどいいわ。比率が分からない人はスイレンに聞いてね。あとなるべくセーメントを吸い込まないように」


 私は風向きに気を使いながらバケツにセーメントと砂を入れる。


「そしてしっかりと混ぜること。ちゃんと混ざってないと使い物にならないから、これは充分すぎるほど混ぜて」


 本来ならトロ船を使ってスコップで練るが、今回はバケツを使っているので園芸用のような小さなシャベルで混ぜる。そして混ぜ終わったところでまた解説をする。


「これに水を混ぜるとモールタールになるわ。でも熱が出るから気を付けて。火傷はしないけどね。で、水の量なんだけど私は少しずつ入れながら混ぜるわ。気温や湿度によって水の量を変えるの。この土地は私がいた世界よりも乾燥しているから、少し多めに入れて良いと思う」


 バケツに水を入れようとしてくれたお父様を止めて話を続ける。


「ごめんなさいね、お父様。また大事な話をするわね。水を入れて混ぜると熱を発しながら徐々に固まるから、作業は手早くやらないとモールタールは使えなくなってしまうの。そして今回は念の為『養生』という作業をするわ。いくら水っぽいモールタールを作ったとしても、この乾燥だと塗ったモールタールにヒビが入るかもしれないの。それじゃ意味ないでしょう?直射日光をあまり当てないようにも対策するわ」


 作業に手慣れている私は水を少しずつ入れシャベルで混ぜる。何回かそれを繰り返すと、美樹にとっては馴染みのあるモッタリとしてずっしりとしたモルタルが出来る。

 美樹の家はブロック塀で囲まれていて、地震や台風の度にどこかが崩れていた。お金のない美樹の家は左官屋に頼むことも出来なくて、いつも自分たちで手直ししていた。家族の中で誰よりもその作業をやっていたせいか、美樹が中学生の頃には一番手慣れて上手くやれるようになったのだ。

 そんな懐かしい思い出を振り返りながら、日本の夏のモルタル作りよりも水分の多いこの土地バージョンのモールタールを練りあげる。


「じゃあ時間との勝負よ」


 持って来た道具の中からコテ板とコテを取り出し、コテ板に水っぽいモールタールを乗せそこでまた練ってからコテに馴染ませる。本来なら使う場所によってコテを変えるのでブロック用のコテを使うべきなのだが、そんなに道具を揃えることが出来なかった美樹の家では中塗りゴテしかなかった為、それで慣れてしまった私は中塗りゴテを使う。一応ブロック用のも買ってある。

 一旦沈殿槽に嵌っている石管を外してもらい、モールタールをシャっと音を響かせて薄く伸ばす。


「コテは進行方向を少し浮かせるの。そして必ず一直線に塗ること。これを守らないと厚さが一定にならないから隙間が出来てしまうわ。本当なら厚さが均等か測ったりするのだけれど、私はこの作業に慣れてしまっているからほぼ誤差はないわ。……多分ね」


 感心する者や笑ってくれる者がいる中また沈殿槽に石管を嵌めてもらい、ここからは溝に降りた数人での連携プレーをする。

 最初の石管と次の石管を繋ぐ為に石管の下に適当に粘土や砂を敷き詰め、私はモールタールを塗って石管を繋いでもらい、手の空いている者は付近を掘って粘土を集めてもらう。何個か石管を繋げたところで一旦手を止める。


「そろそろ養生をするわね。本来はコンクリートにする作業なのだけど」


 モールタールが急激に乾燥しないように水をかける。ただ、水をドバっとかけてしまわないようにホースも霧吹きもないこの国で考えたのが葉の付いた枝を使う方法だ。水の入ったバケツに葉の部分を浸け、手首のスナップを効かせて水を飛ばす。石管がしっとりとしたところで持って来た元シーツを濡らして絞ってもらい、それを水路の溝の上部に張ってもらう。ブルーシート代わりだ。


「使った道具はすぐに洗うのよ。放っておくと固まって使えなくなるから」


 コテ板やコテをバケツの中でゆすぐ。


「この洗い終わった水はアルカリ性という……簡単に言うと人体にも植物にも毒よ。だから間違っても水路や畑に捨てたらダメよ」


 強アルカリ性の水は少し離れた場所に捨てて今日の作業は終了した。手探りの水路建設は難しくもあり楽しくもある。どうか上手くくっつきますようにと願いを込めて全員で広場へと戻った。

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