第57話 手探りの水路建設

 太陽が真南に見え日差しも一日の最高を迎える頃、炎天下での作業にみんな少しずつバテて来ていた。幸いにも川は目の前なので、手ですくった水を頭からかけたり飲んだりすることが出来るので倒れる者はいないけれどやはり少し辛い。

 そんな弱音を吐く訳にもいかず作業をしていると遠くからお父様を呼ぶ声が聞こえ、みんながそちらを見るとハマスゲたちが全力で荷車を引いて走ってくる。


「モクレン様〜!」


 必死の形相に全員が呆気にとられ手が止まる。イチビ、シャガ、ハマスゲ、オヒシバの仲良し無口四人組は「昼です」と私たちに休むように言いトゥメィトゥを手渡す。お母様たちが作ったと思われるカゴに入れられたそれはとても瑞々しく、私たちの喉も潤わせてくれる。

 と、そこまではいいけれど、イチビたちは急ピッチで細長い木材などを地面に突き刺し何かを建てている。トゥメィトゥをかじりながらボーッと見ていると、屋根と壁の部分には大量の枝や板が使用されている。間伐作業で出た物を持って来てくれたのだろう。


「……日陰を作りました。皆さんどうぞ」


 無口なシャガがみんなを誘導し、さらに同じ物をいくつか建ててくれた。どうやら日差しを遮る簡易の休憩所を建ててくれたようだ。私たちは分散して簡易休憩所を利用する。


「イチビたちよ。助かる。さすがにこの直射日光に参っていたところだ」


 お父様が労うと彼らは照れたようにまごまごしている。そして思い出したかのようにカゴ……いや、これはザルか。ザルに乗せられた塩茹でディーズも振る舞ってくれた。


「そういえば、この世界と私のいた世界で人の体の構造が一緒なのかは分からないけれど、私のいた世界では『熱中症』というものがあってね」


 みんなに聞こえるように声を張り、すっかり忘れていた熱中症の怖さや起こる原因、対処法を言うとみんなは感心したように声を漏らした。


「だからね、この塩茹でディーズは健康にも良いし塩分も摂取できるし最高ね!」


「カレンよ。ならば真昼の作業を中断したほうが良いか?皆の体を考えると無理もさせられまい」


 実際に昨日今日と真昼の作業をしてみると、その過酷さは想像以上のものだった。特に体を動かして作業をしているお父様たちはもっと過酷だろう。私が「そうね」と言う前に作業をしていた民たちが声を上げる。


「休み休みやれば大丈夫です」

「交代で作業をすれば問題ないです」


 皆は口々にそう言う。自分が大変だから、ではなく『みんなの為に』と思って作業をしていることが良く分かった。

 最終決断はお父様とスイレンに委ねられたが、二人とも皆の意見を聞いた上で炎天下で長時間働かないこと、真昼の時間帯は特に体調に気を付けて無理をしないことと告げた。とはいえ今日は暑すぎるので、もう少し涼しくなるまで簡易休憩所の下で石を彫る作業を中心に進めることにした。イチビとシャガはここに残り、ハマスゲとオヒシバは水を汲んで広場へと戻った。


 石をくり抜いたバスタブのような沈殿槽を作る作業は私とスイレンも参加させてもらった。ミノのような物を金槌で叩いて石を彫る。私やスイレンは力が弱くほとんど彫ることは出来ず、難しい反面初めての作業が楽しくて何回か道具を借りて作業をした。だけれどお父様とじいやはこの作業の禁止をタデに言い渡される。力がありすぎて石を彫るよりも割ってしまうだろうとのことだった。

 身に覚えがあるのか、二人はおとなしく私たちの作業を見守っていた。まぁ二人はいつも競争をしながら暴走することだしね……。


 比較的柔らかな石材を使ったおかげか数時間もすると沈殿槽は完成した。その頃には少し雲も出て来ていくらか作業がしやすくなったので、その沈殿槽を埋める作業に取りかかる。石彫り組は取水口からこの沈殿槽に繋がるU字溝の作成に一気に取りかかる。

 沈殿槽がすっぽり入る穴を掘り、お父様たちパワー系の力で沈殿槽をそこに設置する。粘土層の粘土に水を加え、沈殿槽が動かないようにがっちりと固めるながら埋めていく。スイレンはこの沈殿槽は大体水平であれば良いと言うので、埋める作業をしているお父様たちの水平感覚に任せた。

 沈殿槽を半分ほど埋めた段階でスイレンはタデを呼び、水路に面している部分に石管をはめ込む為の凹状の溝を作って欲しいとスイレンは伝える。石をくり抜いた沈殿槽の壁面は厚みがあり、石管との接地面は微妙な傾斜をつける為に都度スイレンが角度を測って斜めに削ることも話し合っている。傾斜によって石管に水を流すが、角度が大きすぎると石管に負担がかかり、逆に角度が小さすぎても水は流れにくくなる。この微妙な傾斜をスイレンは計算する。

 私にはサッパリなのでどう計算するか聞いたところ、水の出口予定地から今いる場所までを底辺として、沈殿槽に石管をはめ込んだところを高さにして三角形を作り……という説明の辺りで数学アレルギーの私は気持ち悪くなり、川へと走って頭から水を浴びたのだった……。その辺は完全にスイレンに任せよう……。

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