第38話 民たちの希望

私たちが広場へと戻ると、お父様は自慢気に畑へと誘導するのでぞろぞろと着いて行く。


「どうだ!見事だろう?」


そこには驚くほど広範囲に耕された畑が広がっていた。


「これでたくさんの作物が植えられるだろう?」


「お父様すごいわ!だけど水やりのことを考えたら全部に植えたら大変ね……」


「……それもそうだな」


ニコニコとしていたお父様は一転して気落ちしてしまう。


「水路さえ出来れば水汲みも楽になるわ。畑も増やそうと思っていたし、ありがとうお父様」


私の言葉でお父様はまた笑顔を取り戻す。お母様たち仲良し三人組は楽しそうに談笑を始めたので、なんとなくお父様とスイレンと三人で小さな林へと向かう。朝とはまた様変わりした林を見て驚いた。花が咲く木、紅葉を始めた木、種がこぼれそうな木と、前にじいやに聞いたように思い思いの成長を遂げる木たち。そして雑草たちも範囲を広げて茂っている。木の根元を見れば脇芽が豊富な木もあるので思い付いたことを言ってみた。


「ねぇお父様?この木は切り倒しても脇芽が成長する?」


「そうだな。これは生命力が強く、切ったくらいでは枯れることはないな」


「なら思いきって切り倒してしまわない?そしてまた森の再生の為の作業をしましょう」


そんなことを言っていると後ろからひょっこりとじいやが現れた。


「何やら楽しそうな話をしておりますな。切り倒すのですかな?」


明らかにウキウキとしているじいやにお父様もそわそわとしだす。いつものように勝負をさせたら全部の木を切り倒してしまいそうなので間に割って入る。


「今日は勝負はダメよ!私が良いと言った木だけを切って!」


私の声に二人は我に返ったようで、スイレンはその二人を見て笑う。そして私たちは作業を開始する。脇芽の多い木を切ってもらい、その木は乾燥させる為に適当な場所へ運ぶ。乾燥させないと何にも使えないからだ。数本の木を切り倒し同じ作業をする。さらに大人たちの手の届く範囲に成っている種や木の実も採取し、これもある程度乾燥させる為に地面に広げた。


「ねぇこの木の中で挿し木で増える木はあるの?」


思い付いたことを口にすれば、ハコベさんが詳しいはずだとお父様はハコベさんを呼びに行くと、お母様とナズナさんもこちらに集まった。


「挿し木に適した木ね?これとこれと……あと草だとこれやこれもね」


ハコベさんはパッと見ただけであれこれと指をさすが覚えきれない。


「ハコベさん……私覚えきれませんでした。後で森の再生作業をするので、その時にまた教えてもらっても良いですか……?」


おずおずと聞いてみると「もちろん」と笑顔で返してくれた。次の作業の時はハコベさんもナズナさんも参加してくれると言う。そんな立ち話をしていると畑の様子を見ていた人に呼ばれた。


「姫様。何やら作物に実が成り始めました。食べ頃なのか見ていただきたいのですが」


その言葉を聞いてぞろぞろと畑へと向かう。トマトことトゥメィトゥかしら?そんなことを思いながら畑に到着した。


「これなんですが」


そう示された畑を見るとじゃがいもことポゥティトゥを植えた場所だった。ほとんどが朝に見たとおり薄紫色の可憐な花をつけていたが、せっかちな一株が小さな実をつけ始めている。


「あぁ、これは食べられない実なのよ。この作物は地面の下に芋が出来るの。その芋を食べるのよ」


小さな緑色のその実はミニトマトのように見えるが食べることは出来ない。初めて見る人はこの実を食べると勘違いしても仕方がないことだろう。


「ではこの実はどうするのですか?」


「うーん……そのままにして、最後にすき込んだりかなぁ……一応種は取れるらしいのよ。でも種から育てると、芋はとても小さい物しか出来ないはずよ。これくらい」


私は親指と人差し指とでビー玉位の大きさの円を作る。


「その小さな芋を植えると、次の収穫の時にもう少し大きな芋が採れるの。だから種を植えるよりも『種芋』を植えたほうが効率が良いのよ」


周りの人たちは「へー」と感心する反面、興味も沸いたようだ。


「では一度種から栽培しても良いでしょうか?私たちは植物を採取する村の出身なのですが、植物を育てることの喜びを知ってしまいまして……」


おぉ!とても良いことだわ!畑の必要性も重要性も、もっとより深く分かってくれることでしょう!


「もちろんよ!お父様がたくさん畑を耕してくれたし、実は私も種から育てたことがないの。一緒にやってみましょう」


私がそう言うと「日々の楽しみが増えました」と言ってくれたのがとても嬉しかった。きっとこの土地に来てから絶望の日々だったはずの民たちは、少しずつ希望と喜びを感じているんだわ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る