第32話 水路の計画

 たっぷりすぎるほど眠ったおかげか、誰よりも早く目を覚ましてしまった。二度寝なんて出来ないほど目が冴え、スイレンを起こさないようにそっと起きる。真夜中にトイレに目覚めても大丈夫なように、部屋にはトイレまで手すりが付けられていて明かりが無くてもそれを辿るとトイレに行けるのだ。

 ちなみに私たちを閉じ込める為に作られたこの家は、私たちの部屋、お父様たちの部屋、広間と続いており、その広間の隣に広いトイレがあるのだ。ただ広いだけで地面には穴が空いていて、足置き用の板が左右に置かれている。数年に一度新しい穴を掘り、古い穴を埋める。私たちを外に出さないように広く作ったらしかった。


 広間から先はじいやの部屋で、ここまで手すりが付いている。お父様もじいやも疲れているのか珍しくいびきをかいて寝ており、物音一つで飛び起きるはずの彼らは私に気付いていないようだ。じいやの部屋を抜けると、かつて台所として使ったであろう部屋があり先日買った食糧を置いている。そして玄関があり外へ出れる。


 なんとなく外へ出て空を見上げると、たくさんの星と顔を出したばかりの太陽が共存している。その美しい光景に見とれていると少しずつ星が見えなくなっていく。代わりに闇と同化していた私の影は少しずつ存在感をあらわにしていく。

 なんとなく畑へ向かってみると、種を植えた畑から小さな芽が出ている。その芽を確認していくと、どうやらトウモロコーンだけ数倍の早さで成長しているようだ。……ここで収穫されたものだから?また新たな仮説を立てる。

 畑を見た後、反対側に作った森のベッドを見に行く。少し萎れていた苗木の葉っぱはピンと伸び、上手く成長しているようだ。と、そこで気付いた。川から採ってきた苗木だけやたら成長している。やっぱりこの土地にあったものだから?


「おはようございます。お早いですね」


 突然後ろから声をかけられ、驚いて叫んでしまった。振り返ると私の声に驚いたタデがいた。


「あ〜びっくりした!おはようタデ」


「こちらこそすみません。姫様、今日は水路についてお話をしても良いでしょうか?」


 そうだ。昨日はマッサージの後から寝てしまい、水路について何も計画を練れなかったんだ。今日はスイレンを交えて話し合おう。


 起き出したみんなと畑に水を撒き、朝食を終えるとタデとスイレンを呼んで話し合いを開始する。はずだったのに、やることがないとお父様を始めとする動ける者がみんな集まってしまった。


「えぇと……なんか緊張するわね……」


「私たちに構わず続けてくれ」


 お父様はそう言うけれど、みんなに見られながらは緊張する。けれど梃子でも動かない様子のみんなを見て諦めて話し合いを始めた。


「……えぇと……ここと川までは距離があるので途中に水路を作る計画だけど……」


「カレン。昨日ここから川までの距離を測ったんだ」


「え!?どうやって!?」


「小さい定規しかないから、じいやの一歩を測って歩数から調べた。誤差はあるだろうけど大体五キロ。半分くらいの距離の所に石を積み上げて印もつけた!」


 小さな天才は素晴らしい一歩を踏み出してくれた。


「して姫様。どうやって水を流し込むのですか?」


 今度はタデが質問する。


「石を切り出して真ん中に穴を開けて繋ぎ合わせる予定よ」


 こんな感じでね、と地面に凸型のブロックの絵を立体的に描く。


「この出っ張っている部分を違う石の穴にピッタリはめて欲しいの。技術的に出来そう?」


 少し考えてタデは答える。


「手で穴を開けますので、どうしても隙間ができるかと思います……」


「それは考えてあるわ。ブルーノさんの家を見て『目地はどうしてるの?』って私聞いたわよね?セメント……ここではセーメントって呼んでいた物に砂と小石を混ぜて水を加えると、硬い物同士をくっつけて石のように固まるモルタルという物が出来るの。そういえば炭焼きの窯はどうしてたの?」


「窯は全体を土で固めておりましたが、そのような物があるのですね」


 タデだけじゃなく外野も感心する。


「つまりそれさえあれば多少の隙間はなんとかなるわ。で、スイレン。水は高い場所から低い場所に流れるわよね?その石を繋げた物を地中に埋めたいの。太陽の熱で熱くならないようにね。だからほんの少しでいいから、傾斜をつけて欲しいの。出来そう?」


「出来そうじゃなくてやるんだよ!その為に僕はブルーノさんに勉強を教えてもらったんだ!」


 頼もしいスイレンの言葉に笑顔になると、外野では感動して泣く者もいた。


「そして水の出口からは石の板で水を地面に逃さないように水路を作って、人工の川を作る。そして水汲みはそこでする。ただ水を引いただけだと近くの土地が浸水してしまうと思うから、そのまま本当の川に流れ込むように川まで水路を伸ばして欲しいの。出来るかな……?」


 脳内での計画を不安げに口にすれば、基本的に無表情のタデがニヤリと笑う。


「出来るかな、ではなくやるんです」


 スイレンを真似たその言葉に外野は大いに盛り上がった。


「姫様、時間がかかる作業だと思いますので、私はすぐにでも作業に取り掛かろうと思います。幸いにもこの土地はどこにでも岩がある。私はその予定地の辺りで作業を進めます。スイレン様、まず私が一度作った物を見て、どれだけの数があればいいのか計算してください」


 私たちは頷きあった。タデは本当にすぐに行こうとして道具を集めると、動けるようになった民が数人一緒に行くと言い出した。私はまだ寝てなくて大丈夫なのかと心配したけど、「みんなで国を作り上げましょう!寝ている暇なんてありませんよ!」と頼もしい答えが返ってきた。

 さすがに炎天下の中で作業をさせるのは……と悩んでいると、いくつかの使われていないバラックを運んで簡易作業場を作ると言う。


「みんな……本当にありがとう。かなり大変で大掛かりな計画だけど、みんなで力を合わせて頑張りましょう」


 そう言うと男たちは雄叫びを上げた。みんなやる気に満ち溢れている。動ける者も日々増えている。ヒーズル王国は活気を取り戻し始めた。

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