天使か悪魔か






 ドレスの上から白衣を纏った格好、金髪の科学者・フェリネア=グラフィックが語り出したのは昔話だった。



 かつて、天才が存在していた。



 その数は二人。

 彼の名はアラン。


 もう一人は語る必要もない天才だが、マザーテレサを扱う事にかけては右に出る者はいなかったという。


 長く語るべきではない。

 難しく表現する必要もない。


「そして、天才と呼ばれたアランのファミリーネームはグラフィックという」


「グラフィック……? まさか」


「ああ、私の実父だ」


 椅子に座ってパソコンの前でカタカタとキーボードを叩きながら、フェリネアはそんな風に言った。


 淡々と語っているくせに、彼女の表情は妙に強張っていた。


 別にフェリネアの緊張を解こうというつもりはなかったが、彼女は陸斗の行動に眉をひそめた。彼は少女と同じように椅子に座り横にやってくると、フェリネアの使っているパソコンにコードを繋いでいたのだ。


「……おい、全体的に何してる?」


「スマホの充電が切れそうなんだよ。こっちはずっと補給なしで戦ってんだ、これくらい許してくれ」


 むしろここまで保ったのが不思議なくらいだ。


 セレナの節電ソフトがなければ、とっくの昔に陸斗の人生は詰んでいただろう。


「……メアリーが言ってたのは、たぶんフェリネアの父親のアラン=グラフィックの方だ。あいつはアランを天使でもあり悪魔でもあるって言ってた」


「私にとってヤツは悪魔だ。だが世界にとっては天使そのものなのだろうさ」


 たーん、というエンターキーを人差し指で叩く音があった。


 送信完了の文字がパソコンに躍っているのを目撃する。


「セレナにデータを送信しておいた。世界のトップシークレットだぞ、閲覧後は削除した方が良いと忠告しておくよ」


「セレナ。映し出してくれ」


『オーダーを承認』


 そして一秒で後悔した。

 一般的な男子高校生なら誰もがこうツッコミを入れるはずである。


「全部英語じゃねえか‼」


「私が日本語を話せるだけでも評価してくれ。世界的に見てもロシア語くらい難しい言語を完璧に習得しているのだぞ」


「セレナ。翻訳しなくても良い、お前が学習してアナウンスしてくれ。フェリネアの不足を補完するように」


『ええボス。一分もいただければタスク実行準備完了です』


「おいふざけるな、多言語完全対応エージェントだと、一体どうプログラムを組めばそんな特大ホームランが生まれるのだ……?」


「特に英語に抜かりはない。なぜなら高校の英語のテストは面倒臭いからだ……ッ‼」


「やっぱり一周回って馬鹿って結論で決まりっぽいな」


 馬鹿と天才は紙一重か、と口の中で呟いたのは聞かれなかったらしい、と呆れ顔のフェリネアなのだった。


 さらに昔話を続ける。


「今まで地下を封鎖できていたのはなぜだと思う」


「それなりのシステムが機能していたから」


 即答だった。


 これは陸斗の頭が良いという話ではなく、実体験が言葉として出力されているだけだ。


「地下ではメアリーに情報処理をさせ、地上では『強化工事』と称して地上全てを覆ってやろうって動きがあった。オブスが出てきたのは浅かれ深かれ穴だからな、『強化工事』でわずかな穴さえ開かなければ侵略はあり得ないって論が働いてたんだろ」


「アラン=グラフィックはシステム構築の天才だった。代わりに君のようにセレナを扱ったりするのは苦手でな。そちらはもう一人の天才が補っていた」


「生み出す天才だけど、それを扱えない、か」


「そしてアランは愛する女性との間に子どもを生んだ。それが私だ」


 まるで忌々しい過去のように、フェリネアは語った。


 そしてこんな補足があった。


『それは二名の双子でした。姉の名はフェリネア、妹の名はカタリナ。彼女達は五〇年以上前に生まれていますが、記録上は明記されていません。然るべき施設のデータにも該当は見られません』


「……まだ一分も経ってないぞ、もう学習し終わったというのか」


『ええミスフェリネア。あなたほど密度の高い人生を送っている者を、長い歴史の中でもわたくしは知りません』


 見た目よりも年齢が下のフェリネアにそんな事を言うセレナ。


 陸斗は当然の疑問を抱き、引っかかった事を質問しようとした。


 だが優秀な秘書プログラムは事前に疑問を潰すのも可能だったらしい。スマートフォンから聞き慣れた声が飛んでくる。


『かつて、ミスフェリネアには二〇〇種類を超える投薬が行われています、ボス。健康を保つためには毎日数十種類の錠剤の服用を余儀なくされているでしょう』


「……ま、さか」


『ええボス。ミスフェリネアは薬剤の効果により、おおよそ「五~七年に一歳」の計算で年老いていくと思われます。フェリネア嬢の若さはそれが原因でしょう』


「待て、待ってくれ。そんな魔法みたいな科学はこの世にはない……とはもう言えないのか。まあ地下の技術はかなりのゲテモノだ、メアリーがハイテク技術って言葉じゃ足りないくらいのテクノロジーが詰め込まれてるのも知ってる」


 しかしこれの意味する所は。


 まさに地獄だ。


「……でも、待て。アランがフェリネアに投薬したのか。いいや、フェリネアだけじゃなくて妹のカタリナにまで!? 父親が! 実の娘を手に掛けたっていうのか!?」


「だからヤツは天使であり悪魔だった。私達、娘にとっては悪魔だが、人類の歴史全体から見れば娘すらも犠牲にできる英傑だったという訳さ」


 つまり、地下にいたのは妹のカタリナ=グラフィックという事だ。


 となれば。

 止まる事なく、さらに疑問は噴出してくる。


「……どうしてカタリナは、今も地下にいるんだ……?」


「それを解説するためにも、システムの話に戻ろうか」


 と言ったフェリネアは、肩まである金髪をかき上げた。


 前髪ではなく後ろ髪の方を、だ。

 真っ白な肌のうなじを見せつけるように、金髪の科学者は陸斗にこんな風に言う。


「私の妹を見たのなら、これを見ても受けるショックは大した事はないだろう」


「……っ!?」


 ドキリとした。


 綺麗な首筋に心臓が跳ねた訳ではない。

 むしろゾワリと背筋に悪寒が走る。



 黄色の石が。


 埋め込まれていたのだ。





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