地下なる洗礼
ガヅン! という硬質な音が響く。
体に、主に膝を曲げて衝撃を緩和した足の方に痛みが走る。感覚だけで、結城陸斗は自分が再び地下空間に放り込まれた事を理解した。
「づっ」
確か前に来た時は、後頭部を打ち付けたんだったか。
着地と同時、足に痛みが走るほどの衝撃を受けてよくぞ無事だった頭蓋骨を褒めてやりたくなるが、それでも前回と違う部分があった。
今回、陸斗の視界は暗闇に覆われてはいなかった。
あらかじめセレナがスマートフォンの背面のフラッシュを最大に設定して、輝かせてくれていたのだ。
そして何の脈絡もなく。
下から光を受けた幽霊のように、すぐ目の前にオブスの牙が現れた。
「うォォァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼!?⁇
もはやなりふり構っていられなかった。
陸斗は全力で叫びながら、後方に跳ぶというよりも、半ば後ろに転ぶような格好でオブスの牙から距離を取る。しかし一時的な回避では足りない。
理系高校生の体を喰いそびれた牙が空を切り、しかし直後に体勢を立て直したオブスがもう一度牙を振り下ろそうとする。
二撃目が来る。
まるでナイフを持つ殺人犯の挙動そのものだった。
一度回避したが、もう一度振り下ろされれば詰む。
なので。
「陸斗。姿勢を低くどうぞ」
「っ!?」
背後から聞こえた声に、反射的に陸斗が体を伏せた瞬間だった。
背中越しに細く長い足が、刺突のように繰り出された。
ズドム‼ という凄まじい暴力の音と共に、少女型アンドロイド・メアリ=ミレディアーナ=クラウド=ブロックバスターの足裏がオブスに必要以上にめり込む。
思わず振り返る陸斗の目に飛び込んできたメアリーの瞳の色は、血のような赤。
危険色を示す信号機のような瞳を持つ少女の足がオブスを弾く。いいや、それは弾くなどというレベルには留まらない。
ダンゴムシのような怪物の牙を、折る。
しかもわずかに相手が怯んだ瞬間を狙いすまして、無数の白い針の海の波がオブスを圧倒する。その正体は、白いアンドロイド少女の自在に動く髪の毛だ。それらが剣山のように殺到して、オブスのウロコまみれの装甲を貫いて内臓を抉っていく。
「……処理完了です」
その一言が魔法のスイッチのようであった。
獲物を見つければただそこに向かうだけのオブスが、どこにも興味を示さなくなった。
死亡したのだ。
「め、ありー?」
「はい陸斗。お怪我はありませんね、何よりです」
髪の毛を元のロングヘアの長さまで戻しながら、メアリーが変わらない無表情で言う。
やはり陸斗は人間だ。メアリーやセレナと違ってミスを犯す。オブスが『穴』の中へ落ちた直後に『穴』へと入ったのだから、すぐ側にオブスがいて当然なのだ。
抜けていた。
安心する暇などないし、それが許される場所でもないのだ。
セレナもスマートフォンのライトを最大にして警戒の体勢を整えてくれていたのに、その意図すら見逃した。
(……こりゃあ気を引き締めないとな)
メアリーが差し出してくれた手を取り、尻餅状態から復帰する陸斗。
再び闇を歩き出す。
手元の白い光を放つデバイスと、反射するように白く輝くアンドロイド少女。この二つが側にいなければ、今にも何かが壊れてしまいそうな闇を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます