あす、雨が降る

白宮安海

第1話

9月5日 あめ


目が覚めると、頭痛と吐き気が襲ってきた。その原因の正体がヤツの匂いのせいだという事にはすぐに気がついた。部屋全体が陰鬱で湿り気を帯び、どこか泥の纏ったような臭気が鼻先を纏っている気さえした。

喉が圧迫する感覚がして、必死に藻掻いて呼吸をした。吸い込む度に空中の酸素が薄くなるような感覚を覚える。はやく薬を、薬を飲まなくては。急いでテーブルの上に置いてある、病院で処方して貰った薬へと手を伸ばす。しかし手に取ってみると薬は一錠も残っていない。慌てて薬剤の紙袋を手に取って中身を確かめる。ない。この前仕事が忙しくて病院に行けなかったせいだ。どうしようもない。

「はぁ、はぁ」

目の前が白く霞んで頭痛がやまない。立ち上がって敷居を跨いで台所へ急ぐ。シンクに顔を伏せるや一気に胃の中のものを吐き出した。吐き終わっても体の内側に纏わり付く気持ち悪さは離れなかった。この湿気と匂いに、どうしたって体は拒絶する。水でさっと後始末をしてからついでに蛇口から落ちる水流に顔を近づけてひたすらに喉を冷やし、その場に座り込んだ。座りながら、恨めしげにそいつが地面に落ちて打ち付けられる音を聞いた。この音も堪らなく不快で仕方ない。

不幸中の幸いは、今日は仕事が休みだということ。


冷蔵庫まで、床に手をつきながら虫のように這って行くと、扉の中の栄養ドリンクを一気に喉に流し込んで、再び這いつくばる格好でベッドの方へ戻った。

明後日は病院へ薬を貰いに行かなくては。そう考えながらテレビをつけてチャンネルを変える。いつも8時から始まる報道番組の天気予報のコーナーが始まるのを待つ。愛想のいいお天気お姉さんが耳触りのいい声で、今日と明日以降の一週間の天気を教えてくれる。ほぼ全国的に広い範囲で大粒の雨が降る見込みです。関東は夜には雲が厚く本降りになるので、お出かけの際は必ず傘を忘れずに外へ出ましょう。それでは一週間のお天気です……。

水曜日にまた雨が降るらしい。その前に薬をもらいに行けば何とか大丈夫だろう。一安心をして溜息をつく。今日一日は外に出かけず、家でゆっくりと過ごすとしよう。死んだように眠るかはたまた。

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