File.10 頑固刑事と成金御殿とラーメンと (自販機館殺人事件)

Ep.1 張り込みをしよう

 記憶を探り、映夢探偵の正体に辿り着いた僕。違うニックネームだとしたら、違うキーワードを織り交ぜて調べれば出て来るかもしれない。家の玄関に立ったまま、すぐさまスマートフォンで「探偵」、その次に「夏祭り 事件」と検索した。

 結果は一発。「えーむ探偵」と自称する彼とモザイクが掛かった美伊子の顔が画像として、浮かび上がる。ブログではなく動画だった。

 美伊子は一言もこんな取材を受けた、動画を撮られたとは話したことはなかったが。現に今、その動画は上がっている。

 他にも様々な動画をネットにアップしていた。探偵紹介動画から自分が探偵として事件に挑む姿、探偵とは無縁の日常動画や商品のレビュー、施設の紹介なども見受けられる。

 その中でつい探偵紹介動画にアズマがいないか探してしまうも、見当たらない。よくよく考えてみれば、当たり前だ。彼も一応、有名とは言え本業の探偵。尾行や浮気調査などの際、顔が知られていたらやりにくい。彼が所属していたユートピア探偵団のサイトにも探偵の顔は公開されていなかったし。


「……うん……やっぱり、直接聞くしかないか」


 アズマのことは映夢探偵に直接尋ねてみる必要があるだろう。会うためにできることは一つ。次の取材場所で待ち伏せ、だ。少々ストーカーじみた行為になるが、背に腹は代えられない。今は何としてでもアズマに繋がる情報が欲しい。

 彼の動画を一つ一つ確かめていく。当然、美伊子の動画も、だ。彼女の声には加工されておらず、久々に彼女の生き生きとした声を聞いた。懐かしい気持ちにさせられるも、気にしてはいられない。

 途中から動画の最後に次回予告が入るようになったことに気が付き、最後の動画をチェックする。最後の商品解説動画では、彼が有名ファンタジー作家の作品を紹介していた。そんな退屈な動画の終盤、欠伸をしながらも聞いていた。


『次の取材はうちの街に新しくできた自販機館! 開館前の誰も知らない世界をご案内します!』


 またもスマートフォンで自販機館のことを調査した。駅前のビルのことだった。近々開店する予定でその取材をするらしい。

 後は彼が学生だということを頭に入れ、動画の次回予告や開館の日程を考えると取材が次の土日の昼間。今日は土曜。つまり、明日の昼間だと推測ができた。平日の夜だとか、もう既に動画を撮影してしまっている可能性もあるが。その時はその時だ。

 次の取材場所から、また彼の居場所を割り出すしかない。僅かな可能性にでもけてみよう。

 そんなことで朝からコンビニ「ブラザーマート」のイートインコーナーに張り込んでいた。ここの窓からならば、自販機館の入口が見える。

 漫画を読みつつ、コンビニで買ったラーメンやパンを食べる。できる限り、自然に食事をしているように。今もレジにいるコンビニ店員から痛い視線を向けられているが、気にしてはダメだ。

 

「来ない……」


 僕がそう呟くと、隣でスマートフォンを見続けている誰かも同調した。


「今日じゃなかったのかしら」

「かなぁ……」


 と、また彼女に僕が反応し、違和感を覚えることとなった。ふと相手の横顔を確かめる。

 知影探偵だ。

 何をしているのかサッパリ分からない。何故、僕の隣でスマートフォンに集中し、時々窓の外を観察しているのか。

 彼女はさも、いるのが当たり前だと示すように僕へと話し掛けてきた。


「あれ、変な顔してどうしたの?」

「どうかしたのは僕のセリフです!」


 彼女は怒られてから、自分がいることに対する僕の疑念を知ったらしい。彼女は彼女自身の都合を話し始めた。


「いやぁね。昨日、映夢探偵のことが気になって。SNSでみんなに聞き回ってみたら、噂と情報をね。氷河くんとワタシと同じく、まぁまぁ、事件現場に現れる知名度の低い探偵みたいね……で、今日ここに来るってことで」

「知影探偵もアズマのことを……?」

「まっ、まぁ、そうね」


 違うな。そう思った。もし、ここで本当の目的がアズマなら彼女は堂々としている。僕に恩着せがましく強い態度に出るはずだ。

 彼女に顔を少しだけ近づけて、威圧してみる。


「本当ですか……?」

「うう……いやね。ワタシの場合、もうちょっと知名度を増やしたいなぁ、って思って。映夢くん……百人以上は動画に高評価付けてるんだから、ワタシがその動画に出て……その、まぁ。ワタシだって、結構殺人事件の謎に挑んでるんだし、出してもらってもなぁ……って」

「……凄くどうでもいい理由だったんですね」

「どうでもいいって何よ! こっちは知名度ないって心の死活問題なんだからね!」


 彼女は殺人事件を解くだけの探偵ではない。確か、尾行の仕事も請け負っていた。知名度が上がるのはおかしい話では、と疑問になるのだが。そんなことを気にする様子もなく、次の話を進めていた。


「まぁ、理由は何としても。ここで彼を待ってるんでしょ?」

「ええ」

「その間に手に入った、自販機館の話でもしてあげる」


 彼女は先に手に入った自販機館の構成について教えてくれた。

 三階建てのビルで一階入口のすぐそばに階段に繋がる廊下があり、そこを横切って前に進むと自販機の部屋があるらしい。

 一階はその部屋と隣に買ったものを食べるための厨房があるとのこと。売られている商品は飲み物と食品だとか。

 出してもらった情報を元に僕は発言する。


「そこにラーメンとかもあるんですかね。カップ麺の自販機ってあんま見たことないんですけど」

「確かに。先に行った市の広報の雑誌記者によると、あるって! 他にもアイスとか、パンとか」

「まぁ、今日入る訳じゃないんですけどね……」

「あっ、そうだった。あくまで映夢探偵と話をすることが目的だもんねー。残念」


 彼女は低い声で笑い、自販機館の二階について話し始めた。

 二階は生活用品。ホテルなどで見掛ける歯ブラシやタオルから文房具。面白いものでは有名ブランドのタオルや千円、二千円、五千円のシークレット自販機があるとか。

 三階はまたも珍しいものが用意してあるとのこと。彼女はスマートフォンを軽くにらみつけて、言う。


「開館までサプライズって、言うのよ。日本でも数少ない面白いものって言うけど、何があるのかしら……」

「何ですかね……って、あっ! 来たっ! 来ましたっ!」


 彼女がぶつくさ言っている間にビデオカメラを持った映夢探偵がビルの前に現れた。僕は食べ終わったラーメンのプラスチック容器をゴミ箱に放り捨て、急いで彼との接触を試みる。

 

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