千年隔てて出会った君と
Youichiro
プロローグ
1
また、太陽が昇り始めた。
もう十万回以上迎えたいつもと変わらぬ朝が始まる。
もちろん雨の日が有れば寒い日だってある。
変わらぬのは私自身だ。
太陽を見た瞬間、脳内に埋め込まれたマイクロチップが、今日の気温、湿度、一時間毎の降水確率を告げてくる。
不快感高まるアラーム音!
そろそろ充電が足りないらしい。
両の手の平を太陽に向けてそのままの姿勢を保つ。
十五分後に充電完了の合図があった。
まったく今日は晴れてて良かった。
次は十日もサボらないで、七日目か八日目には充電しよう。
太陽光なら十五分で充電完了だが、LEDの光では充電完了までに三時間はかかる。
体温調整システムが、適度に脂肪を燃焼させ体温調整を始めた。
今朝は少し肌寒さを感じる。
太陽電池の充電量が乏しかったので、セーブモードに入っていたからだ。
全面ガラス張りの窓を開けテラスに降り立つと、五月の爽やかな風が心地よく頬に当たる。
庭の芝生は庭師ロボットの丹念な手入れで、朝日を浴びて柔らかく光っている。
今日は光男たちとゴルフをする予定だ。
晴れていることに安心して、朝食を取るためにテラスを後にする。
今日は気持ちのいいラウンドができそうだ。
キッチンに入ると、フードセンターからスポーツ用ドリンクが届けられていた。普段よりも炭水化物の含有量が多めに配合されている。
180CCの白い液体を一気に飲み干した。
これで昼迄エネルギーが尽きることはない。
飲み終わった瓶は返還用のポッドに入れておけば、朝の尿と就寝時の体温データなどを基に、夜には今日の体調に最適に調合されたドリンクが配送される。
食事を済ませベッドルームに戻り、クローゼットを開く。
普段は軽くて体温調整機能に優れた合成素材のウェアを着ているが、今日はゴルフをするので、天然素材のクラシックスタイルの服でまとめよう。
黒い長袖Tシャツの上から緑の半袖ポロシャツを着て、ボトムは白のコットンパンツを合わせる。
シューズに緑のメッシュが入っているので、上半身の装いとさりげなくマッチするはずだ。
今着ているウェアはまとめてランドリーポッドに入れる。
そこからランドリーセンターに送られ、殺菌と洗浄を行った後で送り返されてくる。
破損個所があれば修理もしてくれる。
ゴルフが終わった後の着替えを取り出し、それらをスポーツバッグに手早く詰めて、ゴルフバッグを肩にかければ準備終了だ。
玄関を出ると背後でオートロックがかかる音がした。
帰宅すれば顔認証でロックは解除される。
最も窃盗事件は六百年近く起きてないから、家の鍵もただの飾りに過ぎない。
道路の手前まで歩くと無人タクシーが目の前で止まった。
脳内のマイクロチップがサーバーと通信して、家を出る直前に呼び出したのだ。
ゴルフバッグをトランクに積んで乗り込むと、脳波を探知して車はゴルフ場に向かって走り出した。
家から五百メートル先の幹線道路は完全磁気化されているので、タクシーは磁気浮上走行に切り替わった。
ここからゴルフ場まで百五十キロあるが、平均時速三百キロの無人タクシーなら三十分で到着する。
ゴルフ場には一緒にラウンドする
日常生活の中で感情の起伏はほとんどないが、さすがにスポーツをするときだけは感情が高ぶってくる。
「おはよう、早いじゃないか」
私が笑顔で朝の挨拶をすると、二人もニコニコしてこっちを振り向いた。
「おはよう! お前が遅いんだよ。俺はもう今日のコンデションをばっちり把握したぞ。ゴルフは自然と闘うスポーツだ。相手より早く戦場に着くのは勝つために欠かせない儀式なのさ」
光男が言うともっともらしく聞こえる。何しろこれまで五百回以上ラウンドして、光男に勝てたのは八回だけだ。それでも最近はスコアの差が縮まってきて、二打差、三打差と僅差の勝負を繰り返している。
冬樹は出入りの多い忙しいゴルフだ。飛距離は三人の中で一番だが、グリーン周りで躓いて一ラウンドに必ず大たたきが一、二回ある。
スタートの時間が来た。三人でクラブハウスを出て一番ホールに向かう。
フェアウェイに出ると、脳内のマイクロチップがスリープ状態になる。これでAIの力を借りて運動能力を強化することはできない。
マイクロチップ内のAIプログラムは脳内の電気信号を制御し、状況に応じて最適な筋力コントロールを行ってくれる。加えて反射神経や運動神経も何倍にも高まり、瞬時に一流アスリートが誕生する。
さらに、不必要なアドレナリンで肩に力が入ったり、逆にプレッシャーで腕が縮こまってしまうなど、メンタル面も最適にコントロールしてくれる。
従って、スポーツを楽しむときにマイクロチップはその趣旨を損なうため、ほぼ全てのスポーツ施設では、脳内のチップはその働きを停止させる。
くじを引いてオーナーは光男になった。ティーグラウンドに立った光男は、たった一回の素振りでファーストショットを放った。
ビシュとドライバが空気を切り裂く鋭い音を残すと、ボールは雲一つない青空に吸い込まれてゆく。それが描く見事な弧に見とれていると、フェアウェイのど真ん中に白球が着地した。
「ナイスショット!」
碧い芝の上をボールが転がってゆく。
続く冬樹も力みのないスイングで、飛ばし屋の面目躍如とばかりに光男のボールをキャリーオーバーしていった。
次は自分の番だ。二人が好打を連発したので若干肩に力が入る。こんな時にマイクロチップが機能していれば、すぐに筋肉に適切な指示を出し調整してくれるのだが。
「上空は右方向に風が巻いているようです」
ロボットキャディがゴルフ場のセンサーが感知した情報を伝えてくる。人間のキャディならこんなとき、力が入らないように配慮してくれるのだが、ロボットキャディは容赦なく自分の務めを果たす。
「しまった!」
渾身の一打は右への風を意識してフックが掛かりすぎた。
「ラフですね」
ロボットキャディは容赦なく情報を伝える。
ラフは深く、ボールの行方を見失ったが、こういうときのロボットキャディは頼りになる。絶対にボールを見失うようなヘマはしない。
あっという間に九ホールが終わった。
光男は好スコアに満足して動きが軽い。先頭に立ってクラブハウスに向かい、ゴルフ場の特製ドリンクを飲んでいる。
私は四打差つけられ絶不調だ。冬樹にも一打差のビハインドで、久しぶりにこのメンバーで最下位になりそうだ。
気を取り直して、冬樹と共に特製ドリンクを手に昼食をとる。
「七番のショートホールでグリーンを外したのが痛かったな」
光男がホロスコープに映した私のスコアを見て、気の毒そうに言った。
最初のホールこそ失敗したが、二番ホールから持ち直し、六番で光男とタイスコアになった。七番でグリーンにオンしなかったことで妙に力が入り、続く寄せの一打もグリーンオーバーし、ダブルボギーになってしまった。
「本当に、いつもの俺のようだ」
今日の冬樹はまだ大叩きしていない。うまく平常心を保って無難なスコアを続けている。こんな調子では久しぶりに冬樹に負けそうだ。
後半は冷静になって巻き返さなくては……
生きていると実感できるのは、日常から離れてこうしてゲームをしているときだけだ。
この瞬間を有意義に過ごそうと気を引き締めて、手元の味のしないドリンクを飲み干した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます