第十八話 正体不明の気掛かりの正体(2)

「でも、周りに負担を掛けてるって点では同じだろ? なのに、おれには永久とわや美夜、父さんに対する引け目みたいなものがほとんどねー。これはおれが人でなしってことでおk?」


 滝川はどこか上目使いでこちらを据えたまま、こめかみを揉みほぐしながら言った。


「だから答えづらいんだって、その疑問には。肯定しづらいだろ」

「事実なのかよ! もうちょっと気を遣うとかしろよ!」

「そういうのが嫌だから僕のところに来たんだろ」

「……まぁそーだけど」


 明かしてもいないのにここに来た理由を簡単に見破られ、十年来の関係性を否が応でも突きつけられる。

 滝川は自然と唇を尖らせていたおれにくすっと吹き出した……が、なぜかそれが悲鳴に変わった。


「ぶほっ!」


 原因はおれの背後から飛んできて肩口をかすめた枕。

 それが滝川の顔面に直撃したのだった。

 滝川が枕を引き剥がし、血相を変えながら言う。


「約束が違うじゃないかミコト君!」

「まぁまぁ。飛んできたのが枕でまだ良かったじゃねーか」

「確かにこれまでに比べれば随分と穏やかなものが飛んできたけどね! そもそも病院は何かを投げて良い場所じゃないんだよ!」


 もっともだ。


「ほら第二射を構えてる! 彼女をめて!」


 このままでは滝川が口を開く度に話の腰を折られかねないし、おれは仕方なく枕の発射源を振り返って釘を刺し直す。


「おまえはちゃんと大人しくしてろって言っただろ」


 すると枕投擲まくらとうてきの犯人――マキナは、なぜか涙目で抗議してきた。


『だってミコトのこと人でなしとか言うからっ!』


 スマホの画面を突き出してくるその勢いも、心なしか常よりも力強い。

 つーか何でおまえが涙目なんだ。

 加えて言えば、こいつはまだまだ車イスが必要なほどの怪我人なんだが。

 投げたのが枕とはいえ、投擲動作で響く傷もあるだろーに。

 ……あぁ、痛みか、痛みで涙目になってんのか。


「いーから大人しくしてろ。あとちょっと黙ってろ」

『黙ってるもん!』


 くそやりづれー……。確かに喋ってはいねーもんな。

 マキナのいろんな意味で軽そうなその腕は既に振り上げられ、コンパクトなデジタル時計を今にも解き放たんとしている。…………ふむ。

 

「……で、結果がそれか」

「一石二鳥だろ」


 おれが沸点の低い駄々っ子に対して講じた策は、おれ自身も寝台に上がってマキナの後ろに回り込み、羽交い締めにしてその動きを拘束するというものだった。

 両手で掴んで動きを止めているのは主にマキナの腕部だが、一応全身を拘束するように腕を回してもいる。

 怪我人相手で気も遣うが、一応は全力で締め付けているわけでもないし、こうすればスマホでの自己主張もできないし、枕も投げることはできないだろう。


 そんな扱いをされることになった当人はさぞ不満そうに頬でも膨らませているかと思いきや、息も掛かるような距離の後ろから覗き見えるその横顔は、なぜか幸福そうに緩みきっていた。はにゃ~んという声でも聞こえてきそうだ。……なんでこいつは拘束されてそんな顔してんだ? 実は桜崎と同類なのか?

 そんなおれたちを見て知った風な含み笑いを漏らした滝川にはぼんやりとした反感が湧いて出たような気がしたが、その正体を探っている内に滝川が話を戻した。

 

「まぁ八割くらいは冗談だよ」

「二割は本音なんだな」


 マキナの横顔が強張ったような気がしたので拘束する腕に力を込めてその暴挙を沈める。

 すると、今度は完全におれにもたれかかってきて、まるで名湯にその身を包まれているかのような至福の横顔を晒していた。


「うーん、冗談九割、本音一割かな」

「中途半端な気の使い方をしやがって」


 しかし逆に言えば、八割以上冗談であることが本音だということが察せられ、下手に気持ちを誤魔化されるよりはマシだと思わされる。


「本当に一度もそういう引け目を抱いたことがないのかい? もうちょっとよく思い出してみなよ」

「って言われてもな……」

「初めて自分の心臓に難があると知ったときはどうだった?」

「それ一体いつの話だと思ってんだ……。覚えてねーよ」


 呆れ顔でそう返すが、じっと無言でこちらを見返してくる滝川の目はもっとよく思い出せと言っているようだった。

 その顔に茶化すような色は見られず、おれは懸命に記憶を探る。

 そしてぼんやりと見えてきたそれを、たどたどしくも言葉にしてみた。

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