第十八話 正体不明の気掛かりの正体(1)
とはいえ怪我の功名というのか、それだけ長く
ウジウジ悩んでいるくらいなら前向きになったほうがいいという建設的思考、そこに至る前に、おれはどーして茅野がいま抱いているような悩みを抱えた記憶がないんだ?
要するに、自分のハンデが原因で、家族や身近な人間に迷惑や苦労を掛けることから生じる引け目や後ろめたさを。
中三にもなって、ようやくそこに思い至った。思い至ってしまった。
おれはそういったものを抱いた記憶がないことに。
そして今になってやっと、染み出す湧き水のようにそういった感情が生まれつつあるのだった。
「これはおれが人でなしってことなのかな」
永久との電話を終え、病室に戻ってきてから桜崎とマキナにそんな話をしてみた――が。
『ミコトが人でなし? そんなことあるわけないじゃん』
「そうです。ミコト様が人でなしであるならば、今頃マキナ様のお顔に笑みはありません。この病院に巣食っていたあの悪性の腫瘍も残ったままだったでしょう」
と、こちらが気分の良くなるような答えしか返してこない。
アレに関してはまぁ、どちらかと言えばおれの居心地が悪かったから首を突っ込んだだけなので、そんな寸評はあまり適切ではない気がする。
何だか謎が謎を呼んだ感じだが、あの小説もどきの先行きのアイデアを出すのに、この問題の鮮明化は大いに
とはいえ、桜崎とマキナに相談しても肯定的な意見を返してくるだけで参考にならないと判断したおれは、滝川の事務室を再度訪れ、マキナたちに向けた質問をヤツにもしてみることにした。
すると。
「他人に訊くなよ、自分のことだろう……。あと僕、仕事があるんだけど」
と、にべもなかった。
そんな塩対応も場合によりけりで別に珍しくもないので、おれはめげることなく食い下がる。
「まぁそう言うなよ。
「否定しきれないのが本当に歯痒い……」
おれの担当医は何やら事務机でパソコンと書類に手を回していたが、ややあって諦めたように体ごとこちらに向き直った。
そして困ったようにおれの背後を覗き見た。
「でもその子のケアは確実に僕の仕事じゃないと思うんだけど?」
ちょっと……いやかなり散らかった診察室といった様相の事務室。
滝川の視線の先、パイプ椅子に座るおれの背後の寝台には、ここまで猫のようにおれについて車イスを回してきたマキナの姿があった。
患者を選ぶというのは医療に携わる者としてあるまじき失言にも思えるが、医者も一人の人間だ。十年来の付き合いもある上、人の耳もない場所で吐き出されたちょっとしたそんな
それに、たとえマキナであろーと実際に何かの相談を持ちかけたりされれば、この男も邪険にはしねーだろーしな。
先の院内事件のせいで、病院側にはマキナに対する引け目もあるし。
当の本人も特に気にした様子はなくきょとんと首を傾げただけで、その拍子に首元にあるチョーカーの鈴をりんと鳴らしただけだった。
おれはそんな背後を親指で指しながら返す。
「ついてきただけだよ。こいつのことは置き物だと思ってもらっていい」
「置き物と呼べるほど大人しい子じゃないだろう……」
「ちゃんと大人しくしてるように言い含めて来たから」
「……頼むよホントに……」
おれは心中で滝川に謝意を向けてから本題に戻った。
「そりゃ、多少は茅野とは条件が
成長というのも、年齢不相応のこの
良くなってくる、というのも厳密には違うしな。
ともかく、ある日突然重い病を背負わされることになった茅野とはやや趣が異なる。
おれは先天的、茅野は後天的。
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