第十九話 正体不明の気掛かりの正体の原因(1)

 茅野彩夏かやのあやか

 おれのイッコ上で高校一年生。

 あまり自身を飾り立てるタイプではなく、メイクにもヘアスタイルにもそれほど頓着しているようには見えない。

 それは今が入院中だからというわけではなく、会話の端々はしばしから日常的にそういう性格なんだろうということが察せられる。

 小説執筆が趣味。もちろん読むほうも。

 ちょっと一筋縄ではいかない疾患が判明し、検査入院することになる。つーか、おそらくは向こう数十年単位で付き合っていくことになるだろうやまい

 そんな入院生活は可もなく不可もなく、つつがなくやっているらしい。


 以上、おれがヤツについて知っていること。

 たったそれだけ。

 当然だ。おれは入院生活で知り合った人間と長く関係を持つ気はないし、であれば相手のことを深く知ろうとするはずなんてない。

 学校生活のように日常的に関わる機会のある相手でなければ、関係の維持はそれなりに困難を極めるものだ。

 中学生のおれが高校生の異性と退院してまで関係を維持するなんていうのは、どう考えても現実的じゃあないだろう。おれ自身、未だ病院の世話になり続けている身でそこまでのリソースを割く余裕はない。本交際ならともかく、所詮は偽装交際に過ぎないのだから。


 もちろん、本交際に発展する予定もない。

 ヤツには既にその相手がいる。

 今は関係をっているが、未練があることはバカバカしいほどに明白だ。

 ……いや、マジでバカバカしーんだよな。未練を断ち切るためのダシにされる身にもなってみろよ。ホンットくだらねー。

 おっと話が逸れた。

 冷静に今の自分の立場を見直してみたら笑えてきちまって思わずグチっちまった。

 本題に戻ろう。


 結局、十年来のパートナーには答えをはぐらかされ、どうしておれが身近な人間に対して引け目を抱いていないのかという疑問を明らかにすることはできなかった。

 もしもおれが人でなしでないのなら、その答えが茅野の……もとい、あの小説擬きの主人公の意識改善に繋がると思うんだけどな……。

 でも結局のところ、要因の大きな割合を占めるのは当人の気性、そして患者本人を取り巻く周辺環境なんだろうと、滝川と話していて思った。

 おれは茅野のことを大して知らない。

 より正確に言うなら、ヤツを取り巻く環境を。

 そんじゃま、まずは身近なところからリサーチしてみよーか。


 ということで、おれは現在、この瀬木センター病院の五階を闊歩かっぽしていた。

 五階――つまりは女性入院患者専用フロアを、我が物顔で。

 女女女女おんなおんなオンナオンナ女女女女。

 どこを見ても女ばかりだ。

 通路も病室もロビーも。

 患者も病院関係者も。

 いや、怪我や病気の治療にそんなことばかり言ってもいられないので、当然、病院関係者には男の医師や看護師もたま~~~~に見られるが、八割九割は女だ。

 茅野は男性患者専用フロアに来たとき、思ったより男臭くはないと言っていたが、やっぱりここはほのかにイイかほりがするな。興奮するぜ。間違い起こしちゃったらどーすんだよ。

 ……まぁ現実問題、ここで間違い起こしても多勢に無勢なんだが。いくら身体的弱者おれでもフルボッコにされるかもしれねーな。


「おい、エロ小僧、こんなところで何してんだよ」


 道すがら、顔馴染みの女性看護師に見咎められ、おれは足を止めて抗弁する。


「女連れでに来るわけねーだろ。こいつを送りに来たんだよ」


 おれの目の前……つーかおれの腕の先には車イスの後部ハンドルがあり、その座面の上にはすっぽりと収まるマキナの姿。

 つまるところ、おれが車イスを押してこいつを病室まで送ってきたのだった。マキナはそろそろ検診の時間だ。


「なるほど、浮気か」

げーっつーの」

「……ん?」


 そんな不本意なやり取りに、何やらマキナが口を……じゃなくて言葉を挟んだらしい。

 何かの文面を表示させたスマホを看護師の方へと向けていたが、車イスの後ろにいるおれからはそれを見ることができない。

 看護師だけがそれを確認した後、おれに対してひじょーに不愉快ないやらしい笑みを向けてきた。


「ほー、モテるねぇ、ミコト君」

「……おまえ、一体何を言いやがった」


 おれは問い詰めるような声音と視線を眼下へと突き刺したものの、マキナは反抗的に舌を突き出してスマホを抱え込んでしまった。

 厳密にはわけではないがどう表現していいかもわからないので、おれは普段から便宜上そう表現している――というのはともかく。

 そんなことをされてしまえばおれにはもうスマホの画面を確認することができない。こいつにもそのつもりがない。

 であれば、これ以上追及しても無駄骨なので、おれは諦めて看護婦に向き直った。


「あのな、こいつに何言われたか知らねーけど、あんま真に受けんなよ。おれが異性にモテるなんてことがあるはずねーんだから。現実見ろよ。こんなチビで冴えないルックスのクソガキを、どこの酔狂が好きになるんだよ」

「相変わらずなんかズレてるんだよなぁ……」

『そんなことないよ! ミコトはいい男の子だよ! 小さくても!』

って言うのと小さいって言うのやめろ!」


 今度はこちらを振り返ってはっきりとスマホを向けてきたマキナに猛抗議をした。

 いい男の子ってなんだよ。

 いい漢って言ってくんねーかな。

 ……ムリですかそーですか、こんなサイズでは男らしさが足りませんか。

 ま、別にいーけど。


 そしてそんなマキナの反応でふとおれは思い出す。

 そーいえば桜崎と茅野曰く、こいつにはがあるんだった。たぶん何かを勘違いしてるんだろーけど、ま、それも退院して日常生活に帰れば現実に戻るだろう。

 世間はやれ背の高い男がいいだの足の長いモデル体型の男がいいだの、スポーツやってる男がいいだのと言われてるからな。

 今はギリギリ身長が拮抗しているからおれにそんな勘違いを抱いているのかもしれないが、それも日常生活に帰るまでだ。おれよりもいい男なんていくらでもいる。具体的には身長の高い男が。


 こいつもいつかは現実に立ち返る。

 そんなわけで、おれはもう一度看護婦に釘を刺しておいてから別れて、マキナの病室へと向かった。

 ったく、余計な道草を食っちまった。退院のことを考えればあまり時間もないっつーのに。

 あまり焦っているつもりはないが、少しくような気持ちでマキナを病室に送り届け、身軽に一人になって別の病室へと向かう。

 そもそもマキナを送り届けるのもついでで、本来の目的はこっちなんだから。

 茅野の病室。

 その前で、おれは足を止めた。

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