第三一話 それでも(7)

「去年の事件の当事者があーやって矛を納めたんだ。一番危険性の高い問題は大方解決したと見ていい。それでも、これからも一筋縄じゃいかない事態に直面することはあるだろーけどな」


 もしも校外でも活動しようとするなら特に。


「さっきのあいつらは当事者だが、血の気の多いヤツらなんかはウチの高校の軽音部だってだけで無関係でも因縁をつけてくるかもしれねーしな」

「…………」


 日和沢も篠崎も揃って嫌そうな顔を見せた。

 気持ちはわかる。たぶん、心境的には一番ウンザリしたくなる事態だ。


「あとはまぁ、おれを巻き込んだことなんか気にしなくていい。こんなの慣れてるから」

「え、慣れてるって……?」


 突如抱いた疑問のせいでその曇り顔に少しの晴れ間が差すが、そんな要因で気を取り直されても意味はない。


「それだけのことを踏まえて、決めるのはおまえなんだよ日和沢。今おれが言ったことと、さっき篠崎が言ったことをよく吟味して、おまえが自分で答えを出せ」


 これから起こりうる問題に向き合う覚悟を持って軽音部の設立活動を続けるのか。

 あるいは篠崎の示したように自分が傷ついたり波風立てたりするくらいならと、穏当に別の何かを探すのか。


「ま、別に今すぐ決めなくちゃいけないことでもねーしな。一晩くらいはゆっくり考えれば――」


 いーんじゃね?

 と結ぶよりも前に、揺れていた日和沢の瞳はかっちりと定まっておれの目を射抜いてきた。


「続ける。あたし諦めたくない」

「那由……」


 篠崎は動揺したように、落胆したように肩を揺らした。


「耀くんが言ったようなことは考えたことがあるんだ。絶対向いてないし才能はないし、全然メンバー集まってくれないし、諦めたほうがいいのかなって。諦めて足を止めて、他の何かに目を向けたほうがいいのかなって、迷ったことは何度もあるんだ」


 でも、と、その声に力が込められる。


「あたしはまだやりきってない」


 その力に篠崎がたじろぐ。


「まだ入部申請用紙の提出期限まで時間はある。なのに、ここで足を止めて諦めちゃったら、絶対に悔いを残して残りの人生を生きていくことになると思うから。それどころか――」

「自分や他の何かを恨んで生きていくことになるかもしれないから……って?」


 日和沢の丸くなった眼と、篠崎の訝しげに細められた眼がおれに向いた。


「どうしてわかったの? あたしが言おうとしてたこと」

「まぁ、何となくな」

「……そっか。ミコトくんにはわかっちゃうか」


 日和和は照れたように笑って続けた。


「だからそうならないように、あたしは続けたい。諦めるなら限界まで頑張って、全部出しきってもう完全に出来ることがなくなったってなってから、かな」

「星名」


 日和沢の決意表明に抗う言葉をなくした篠崎の眼は、すがるように揺れておれに向けられていたが――しかし。


「ミコトくんは止めないよね?」


 それを察した日和沢の、勝ち気で確信的な、ともすれば挑発的とも取れる双眸そうぼうと声。

 あぁ、悪いな篠崎。


「おまえがそう決めたなら止めねーよ。そんな権利もねーし」


 思い出されるのは、いつぞやのショッピングモールでの一幕。

 あの時、おれは日和沢の諫言かんげんを聞き入れず、自分の意志を押し通す道を日和沢に突きつけた。……が、あれがなかったとしても、止めるつもりなんて毛頭ない。


「ありがと!」


 と、苦痛に歪んだ表情の篠崎とは対照的に、日和沢は暗がりでもわかる満面の笑みを咲かせた。

 あぁ、やっぱりそうじゃねーと。

 夢追い人はそれくらい自己中心的であるべきだと、おれは思う。

 それが身の丈に余る夢であればあるほど、な。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る