第四三話 ツケと清算(4)
……おれも、色々と溜まってたんだろーな。
つい、つらつらと捲し立ててしまった。
どーせこの過保護に聞く耳なんてないだろーからと、こうやってぶつかるのをずっと避けてきた節がおれにもある。
本当はもっと、本音をぶつけ合うべきだったんだろうと思う。
家族なんだから、そんな機会はいくらでもあったんだから。
それをなぁなぁにして誤魔化し続けてきたツケ。
それをまとめて支払うべき時が、今こうやって訪れたというわけだ。
おれが言いたいことを吐き終えて数秒の沈黙を降ろした後、それを破ったのはにわかには信じがたい、普段はあまり感情を表に出すことのない姉のすすり泣く声だった。
「あの時――」
と、美夜はささめくような泣き声の中に震える言葉を紛れ込ませてきた。
その事実に、おれは思わず目を見張る。
こいつのこんな表情を見るのは何年振りだ?
思い出そうと記憶に検索を掛けても一向にヒットしない。
もしかしたら初めてかもしれなかった。
ドアに背を預けたまま、今にも溢れ返りそうなその大粒の涙を必死に塞き止めようとするかのようにその表情を歪め、固く閉じた
「あの時?」
どれくらい振りかもわからない姉の人間らしい反応に虚を突かれたものの、それがどの時のことを指しているのか皆目見当がつかなかったので、反射的に
美夜は
「十年前」
「…………」
やっぱりか、という思いが、おれの中で大きく膨れ上がる。
十年前、美夜がおれを炎天下に残して病院に運ばれるような事態に追い込んでしまったあの一件。
一番最初、元々の
美夜の過保護とかおれの頑固とか、その他諸々のねじくれた関係の始まりは。
あの時、偶然顔を会わせた友達に誘われ、気の向くままについていってしまったことが、未だに罪悪感としてこいつの精神を蝕んでいる。
あれ以来、美夜は最大限おれから目を離さないようにしているし、そのために私的な感情も罪悪感と義務感の内側に押し込めて見せないようになった。
おれはこいつが、自分のやりたいことに時間を使っているところを見たことなんて一度もない。友人と呼べるような人間の影なんて垣間見たこともない。
そんな、自分を押し殺したような声で美夜は続ける。
「お母さんたちと
「何を」
しかし、肝心要の部分を後回しにするものだから、訊き返さずにはいられない。
「あの日、わたしがミコトを公園に置き去りになんてしたから――」
「したから……?」
やがて美夜が打ち明けたのは、おれにとっても閉口せざるを得ない事実。
「ミコトが人並みの生活を送れるようになる時期が五年は遅れることになるって……!」
すぐには二の句を継ぐことができなかった。
こいつはそんなことを、十年も気にしていたっていうのか。
自分がロスしたその五年を取り戻そうとでも……?
――くだらねー。
「そんなのわかんねーだろ。おまえの放置プレイがなかったとしても遅れてたかもしれねーし、
最後の一文はかなり小声で付け加えたものだが、美夜が目尻に涙の浮かぶ顔を上げたのを見るに、十分その耳には届いているように思えて、おれは反射的に顔を逸らした。
「だから、あんま人の話を鵜呑みにすんなよ。本来あるかもしれなかった仮定の
気付けば姉のすすり泣く声は収まっていて、そちらを見ると、ポカンと呆けたようにこちらを見るその視線とかち合った。
腰は重かったが、おれは座っていた椅子から立ち上がって姉のほうへと歩み寄っていく。
「あの時のことに責任を感じて色々気に掛けてきてくれたってんなら、おまえはもう十分その責任を果たしたよ。あれからもう十年、互いにもう高校生なんだからな。まだまだ高は括れないおれの身体だけど、あの時よりもずっとしっかりしてきたんだ。おまえが思ってるほど、おれはもう弱くねー」
おれは自分の姉の間近に立って、かなり高い位置にあるその顔を見上げる。
普段は能面のように喜怒哀楽の感じられないその顔が、今は枯れかけの花のようにしおらしく
そんな姉の顔を見るのは胸がすくものでもない。
そろそろ幕にしよう。
「おまえはもう少し、自分のことを考えていーんだよ。いつまでもおれのことばっか見てるわけにもいかねーだろ。おれもいつまでもおまえの
そしてここ数年、下手をしたら十年近くは反感と気恥ずかしさで向けた記憶のない言葉を姉に向ける。それは本当は、もっと頻繁に口にして返すべきなのだとは思う、そんな言葉。
「その、さ、これまで色々と、ありがとな」
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