第三二話 現状整理と行動方針(2)
「誤魔化さなくても大丈夫。ミコトの気持ちはおねぇちゃんが一番よくわかってる」
「何をわかってるっていうんだ!? 確実に話は逸れていってると思うんだけどな!」
思えばそれはおれこそが望むところなのに、なぜか突っ込まずにはいられなかった。この脱線しかかっている話の流れを修正しなければ、おれの気持ちとやらがこいつの中で定まってほしくないところに定まってしまう。だからといって修正してしまえば、戻したくないところに話題が立ち返ってしまう。
なんだこの星名家長女マジック……。
狙ってやってるのか……? それとも天然なのか……?
しかし次の瞬間、おれを直視するように視線をこちらに戻した美夜の顔は弟の身を案じる姉のそれに戻っていた。
「体調が乱れてるのは確か。ちょっとこれから
「必要ねーって! マジで何ともねーから!」
実際、
「
この程度でその手を煩わせるのも気が引ける。
そこまでおれが主張すると、美夜はようやく融通を利かせてくれた。
「わかった。確かにちょっと体調が乱れてる程度だから今回は見逃してあげる。ただし、今日と明日は一日家で安静にしてること。おねえちゃんと一緒に」
「それが一番心身に影響を与えると思うんだよな、おれは」
が、ようやく引き出すことのできた譲歩だ。
今日明日は大人しくこいつのペットに成り下がるしかない。
まったく、こいつの過保護はいつになったら収まってくれるんだろーな。
……そもそも、その根本にあるものは一体何なのか。
ただの弟可愛さなのか、ただ心底からこの身体を心配しているだけなのか。
それとも、十年前のことを未だに引きずっているが
仮にそうだというのなら、おれの将来のためにも何とかしてその罪悪感を払拭してやりたいものだけど、一体どうすればいいのやら……。
「そういえば部活は決めた?」
「いや、まだだな」
「訊き方を間違えた。生徒会に入る準備はできた?」
「そんなつもりは
どうして生徒会役員供の面前で姉になぶられなきゃいけねーんだ……。こんな光景を日常的に衆目に晒すのとか嫌だぞ……。
とはいえ、おれには生徒会に入って学校や生徒のために何かしようなんていう高い志は存在しないが、それでも入部申請用紙の提出期限が迫っているのは確かだった。もうあと二週間を切ったところまで迫っている。
それはウチの高校の生徒なら誰にとっても同じことで、誰もがそれまでには身を置く先を決めなければならない。
どういう理由で入部先を決めるかなんて人それぞれなんだから、それほど深く考える必要なんてない。中学の時のように
だというのに、おれは未だに入部先を決めかねていた。自分のやるべくことを
少なくとも、日和沢が軽音部を再建し、その望みを叶えることができなかったところで別に死ぬわけじゃないのだから、そのことにおれが気を揉む必要もないことは確かだ。
それでも、こうやって自分のことを後回しにしてまでその動向を気に掛けている。
その理由は一体何だろーな?
この軽音部再建問題については、既に
先代軽音部の
日和沢がどれだけの対策を提示できたところで、それで不安を払拭しきれる人間ばかりでもない。
当人の歌唱力まで含めると、そんな軽音部に入りたいと思うのはなかなか難しい。
中学来の友人にさえ、考え直すように説得されている始末だ。
普通はこんなにも難航したりしないだろう。
少なくとも、本来なら抱える必要のないハンデを背負って事に臨むことを余儀なくされている。
下地の違い。環境の違い。背景の違い。
メンバー集めは絶望的と判断して何ら差し支えはなく、状況を
試合終了を悪足掻きしながら待っているような状況。
入部申請用紙の提出期限というタイムリミットを、みっともなく悪足掻きしながら。
だからこれは、あいつがいかに満足して諦められるかという問題だ。
実際、その残り時間で出来ることがどれだけあるのかも怪しい。
けれど昨日、決意を新たにした日和沢の顔には、状況を楽しむような気概と不屈の熱意さえ窺えた。
それを前にしたおれの胸中は、逆に冷え渡っていくのを感じていた。
気持ちが冷めた? モチベーションが落ちた?
たとえば学校行事に対して異様なやる気を見せているクラスメイトに対して不可解な気分になるようなものがた……じゃなくて。
これは前触れのようなものだ。予備動作のようなものだ。
跳躍するにあたって膝を曲げて屈み込むような。
諦めるにしても限界まで手を尽くしてからという日和沢。
やらずに後悔するよりはやって後悔するほうがいいという精神。
おれにはそんな高尚で前向きな気持ちの持ち合わせはないが、おれもやれることがあるなら試さないともったいないと思うタイプだ。
「部屋に戻ろう」
美夜に促され、この二日間、ペットであることを余儀なくされているおれは、大人しくテレビを消して腰を上げる。
サッカーの試合はまだ終わっていなかったが、既に勝敗は決していた。残り十分を切って二点のビハインド。逆転の可能性は百パーセントないわけではないが、限りなくゼロに近い。
そんな敗色濃厚な空気の中でも、選手たちは走り続けていた。
立ちはだかる壁を前に、数々のハンデやディスアドバンテージを抱えて逆風を受け、それでも自分の望む結果を得ようと意志を折ることなく。
そんな彼らに、心の中でエールを送る以外の何かがおれにできるとは思えない。所詮は画面の向こうの出来事。おれの華奢で頼りない手なんて届くはずもない、そんな遠い場所の問題に気を揉んでも、非建設的この上ない。
……だけど、もしも、仮に、万が一の話。
こんな未発達かつ未熟な手や声でも届き得るのなら、その限りではない。
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