第三一話 それでも(2)


 それを察した篠崎が更なる弁明を口にしようとしたものの、結局尻すぼみになって口をつぐんでしまった。

 確かにおれたちはこの男たちの仲間を病院送りにしたという軽音部とは無関係だ。

 しかし、ここにいる日和沢が軽音部を再建しようとしているという事の成り行きを明かして、果たしてこの男たちが気分よくおれたちを解放してくれるかどうか。

 そして最大の問題は日和沢が無事で済むかどうかだ。

 いくら何でも女子には手を出さないと思いたいが――。

 だというのに、篠崎が失った言葉尻を継いだのは、その日和沢だった。


「待ってください! 違うんです! あの時話してたのは、あたしが軽音部を再建しようとしてたからで、その相談みたいなことを話してただけなんです!」

「…………」


 アホなのかなぁ。

 アホなんだろーなぁ。

 もうちょっと考えて発言してほしいもんだけど、高望みなのかなぁ。


「あたしたちは本当に去年の軽音部とは無関係なんです!」


 そう主張する日和沢に対して茶髪男が示した結論は、


「は? またテキトーなこと言いやがって。つかそれならそれで問題だろうが。ヒトサマを病院送りにしといてもう活動再開とかふざけてんのか」


 くすぶっていた火に油を注ぎ足してしまったような、状況を悪化させるものだった。 

 とはいえ、茶髪野郎の言うことに一理あるのも間違いない。

 それは日和沢も同意見なのか、はたまた別の心境からか、


「それは……」


 と、返す言葉をなくして俯く。

 おれは問題の一件が去年のいつ頃だったのかは聞いていない。が、それがいつにしろまだ一年も経っていないことは確かだ。それが罪を浄化するのに長いか短いかは判断の分かれるところだろうが、この男としては短いのだろう。少なくともその胸の内ではあの一件で仲間が病院送りにされたことがまだ消火しきれておらず、その火が燻っている。

 というか、先代軽音部に対する学校側の処分ってのが何だったのかをおれは知らない。廃部ってのがそーなのか? 廃部ってだけでどれだけの期間、再建や活動再開が禁止だとか、そういった処分は?

 何も聞いてねーな。

 そういったペナルティ期間があるのなら、今日の昼休みの段階であの生徒会の女子が日和沢に告げているはず。

 だというのに、日和沢の活動にストップは掛けられていない。

 そういった期間があったとしても、今年度に入った段階で解禁されたといったところだろう。


「おらおら、もう言い訳は終わりか? だったらいい加減、腹括れや」


 黙り込んだこちらに、男たちは理論武装としても自分たちにがあると踏んだか、いっそう気勢を強める。

 篠崎に詰め寄った茶髪は、その胸ぐらを掴みあげて容赦なく揺さぶった。

 中学からバスケを続けているらしい篠崎だが、茶髪野郎のほうが僅かに肉付きは良いように見えた。こいつらもバンドマンのはずだが、細マッチョと称するのが適切そうな篠崎に対し、茶髪はビルダー感が強い。細マッチョの自由は大幅に奪われ、為すすべもなく前後に揺さぶられるがまま。

 それを合図としたかのように、他の男たちもおれや日和沢へと距離を詰めてこようとしていた。


「待ってくれ!わかった! 再建するのはやめる! だからここは……」

耀ようくん!?」


 再建しようと主動しているのは日和沢だ。そりゃあ、旧知の間柄の日和沢でも異を唱えたくなるだろう。

 だが、それでも篠崎は、自分がそんな日和沢とは無関係だというような姑息な主張はしなかった。むしろ自分が主導しているかのように振る舞っている男気さえ感じられる。


「それが口先だけじゃねぇってどうやって証明すんだよ、あ?」

「それは……」

「再建は諦めません!」


 反論する言葉をなくして押し黙った篠崎の代わりに、そう声を荒げたのは日和沢だった。

 条件反射だったか見切り発車だったか、そんなことを口走った直後に視線の集中砲火を浴びてたじろぐ。

 途端に弱気が顔を見せて泣きそうに崩れる表情。

 しかしその意志は折れなかった。


「去年のことは謝ります。だから、軽音部は再建させてもらっても、いいですか……?」


 目の前では中学からの友達が胸ぐらを掴み上げられ、いつ暴力の憂き目に遭わされるかわからない。

 それでも日和沢は、瞳を揺らしながら、懇願するように言った。

 見上げたものだと思う。

 意志の強さ、根性――そして、周りへの迷惑を省みない愚直さ。

 だけど――。


「いいぜぇ、お前がこいつの代わりになるならな」


 日和沢が息を飲むのがわかった。

 ちょっと遠くてわからないが、おそらくは篠崎も同じような心境だろう。

 だけど、どーしてそーなる?

 おれも篠崎も、おまえだって、去年の暴力事件とは無関係じゃねーか。それでどーして、そんな目に遇う必要がある?

 理不尽じゃねーか。

 日和沢は覚悟を決めたように顔を上げて口を開く。


「わか――」

「よっしゃ篠崎。ここまで話が通じねーならしょうがねーよ。その茶髪の言う通り、腹括れ」


 日和沢が愚かにも承諾の意思を匂わせ、あとはあまり迎えたくない嫌な結末へと一直線かと思われた時。

 いい加減、自前の堪忍袋にも限界が来て、静観をやめたおれは一歩進み出た。

 呆然としたような沈黙がこの場に満ちる。

 篠崎や日和沢を含め、全員の視線が余すことなくおれに集まる。 

 それはしばらくだんまりを決め込んでいたおれが急に強気な声を発したからか、あるいはそんな発言を繰り出したのが女子以上にこの場にそぐわなさそうな外見ルックスのおれだったからか。

 本当に、どこに行ってもおれは異物だという疎外感を払拭できない。

 おれが居ても違和感がないのは小学校くらいなんじゃないかと思う。

 不本意この上ないが。

 しかし男たちの胸の内は、怒りよりも疑念のほうがまさっているようだった。

 おれの一番近くにいた金髪で痩身そうしんの男が、不躾にも粘着質な視線でおれの全身を舐め回す。


「つかきみ、さっきから何なん? こいつらと同じ制服来てるけど、マジで高校せ――」

「わーっ! わーっ! わーっ! わーっ! わぁーーーーーーっ!」


 そこで小馬鹿にしたような金髪男の疑問を遮り、脈絡のない意図不明の叫び声を響かせたのは日和沢だった。

 

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