第二七話 彼と彼と彼女の関係(2)

 思わず閉口してしまった。まったく想定していなかった単語が飛び出してきたことに虚を突かれて。

 トモダチ……? 誰と誰が? おれとおまえが? それともおれと日和沢が? 篠崎と日和沢がっていうんなら文句なくわかるけど。

 トモダチって、なんだ……?


「おい、何黙ってんだよ」

「……いや」


 懊悩おうのうに沈んでいた思考を引き戻され、意識を会話に戻す。

 今はおれと篠崎、互いの友達感の違いなんて、話の腰を折ってまで議題に上げるものでもない。

 それよりも。


「そんなこと何でおれに話すんだよ。仮におれがおまえらのトモダチだとしても、もっと身近に中学からのツレがいるだろ。付き合いの長いそいつらと話し合えばいーじゃねーか」

「話してるっつうの。もちろん那由も交えてな。……でもさ、あいつがおれたちを見る目とお前を見る目がさ、なんか違う気がするんだよな」


 おセンチ気味にそう言った篠崎の目と意識は、ここではないどこか遠くへ向けられているように感じられた。

 微妙に話が飛んだ気もする。

 が、何となく言わんとしていることは察しがつくので、とりあえずは付き合うことにする。

 まったく、何を言い出すかと思えばこいつは。


「相手によって見る眼や接し方が違ってくんのなんて当たり前だろーが。特におれとおまえじゃ天と地ほどの隔たりがあるんだからよ」

「……は?」


 おれが何か癪に障ることでも言ったのか、限りなく『あ゛?』に近い『は?』だった。その眼も睨み付けるように高圧的に向けられているが、構わず続ける。


「まずこのナリを見てみろよ。おれとおまえで同じか?」


 そう言って一歩離れたおれを、篠崎は足の先から頭の天辺まで見渡した。


「あ、天と地ほども違うってのは別に身長差のことじゃねーからな」

「どっちでもいいっつぅの……」


 と、毒気を抜かれたように頭を抱える。

 ……あぁ、さてはあれか、隔たりがあるって言われて自分のほうが下に見られたと思ったのか。煮凝にこごりみてーなコンプレックスの固まりのおれがそんなことするわけねーっつーのに。


「ビジュアルだけじゃなくて身体スペックだって全然違う。生まれつきの欠陥があるおれに対して、おまえらのほうが男らしくて高校生らしいナリしてんだし、やろうと思えば何でもできる。運動だって好きにできるし、真夏に外出制限が設けられることもない。学校帰りに食べ歩きなんて自由にできるし、好きなだけジャンクフードを食うことだってできる。そんなおれとおまえらに向けられる目が同じなわけねーだろ」


 そのせいでおれがどんだけリミッター掛けられてどんだけ腫れ物扱いされているというのか。

 しかしそれでも篠崎は異論を返してきた。

 

「でも俺にはさ、那由のお前に対する見方のほうが、いくらか特別な意味が込められているように思えてしょうがないんだよ」

「いや、だからそれは――」

「違う。今お前が言ったようなスペックの違いによるものじゃなくてな、あーっと、なんつったらいいのかな……」

「まさか恋愛感情がどうとか言い出すんじゃねーだろーな」

「いや、たぶんそれはない」


 ねーのかよ、別にいーけどさ。

 

「イマイチはっきりしなくて上手く言えねぇんだけど、とにかく、なんか、お前のことを俺たちとは違う、どこか特別なところに置いてる気がするんだよ」


 マジで全然要領得ねーな。

 結局おれには、おれが抱えてる欠陥やそれに端を発する生活制限やら何やらが原因なんじゃないかとしか思えない。


「お前、那由と何かあったか?」

「いや、何も」


 そう返しながらも最初に想起されるのは、あのショッピングモールでの一件。

 おれの身体が抱えるほぼすべての実情を知られ、それに対するおれの向き合い方を打ち明けることになったあの一件は、やっぱり可能な限り人に知られたくはないので、他言しないよう日和沢には釘を刺してある。そのせいでこいつが知らないのも無理はないが、言動や所作の端々はしばしから生まれるちょっとした違和感はそうそう拭いきれるものでもないか。


「で、おまえは結局おれに何が言いてーんだ。何で呼び出した」

「心配なんだよ、あいつのことが。クラスメイトや上級生から変な目で見られるようになるんじゃねぇかって。あいつには出来るだけ普通でいてほしいんだ。悪目立ちしないように」


 普通、ねぇ。


「だから軽音楽部作るのはやめさせたい、って?」

「できれば、な。だから、お前からもそれとなく言ってやってくれないか? お前が言えばあいつももう少し考えると思うんだ」


 ……さて、どうすっかねー。

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