第二六話 勧誘活動(2)

 日和沢を一瞥いちべつした美夜は、次いでおれに疑問の眼差しを向けてきた。心なしかその瞳は、ただでさえ表に出づらい感情をいつにも増して抑えつけているように感じられた。


「別に、ただクラスメイトと話してただけだよ。ほら、こないだ屋上で一緒に昼飯食っただろ」


 日和沢を指して言うと、美夜の目もそちらに向く。向くものの、なにか言葉を発するということもなく、ただ無言で弟のクラスメイトを観察している。


「え、と、良ければどうぞ」


 そんなふうにまんじりと向けられる視線に気後れしたか、日和沢がたじろいだ様子を見せながらも勧誘のビラを差し出した。

 しかし美夜はそれに手を伸ばすことすらせず、日和沢に向けていた視線をそこに落として呟く。


「軽音部」 

「は、はい! こうやってビラ配ってたら同志が集まってくれないかなって!」


 瞬間、美夜の眼の色が静かに変化したのを見留めることができたのは、十五年という月日を共にしてきたおれだけだっただろう。荒く波立つ水面に小石を落としたかのような微細な変化。

 もちろん、日和沢がそれに気付いた様子はなく。


「もしお姉さんの知り合いに興味のある方がいたら、ゼヒ!」


 そう意気揚々と言って見せるが、美夜の反応はそれに同調するようなものではなかった。


「宣伝や勧誘でそういうのを配るのは校則で禁止されている」

「え……!」


 そうだ、危うく忘れかけていたけれど、こいつ生徒会長なんだった。

 しかし、規律を優先する生徒会長らしい発言とは裏腹に、その面持ちはおれが普段から目にしているような至って一人の姉というもので、そのちぐはぐさはどこか違和感があった。

 とはいえ、美夜の口から出たそれも言われてみればという感じのもの。新入生が入ってくる新年の新学期。各部にしてみれば新入部員獲得のため、日和沢のように校門で何らかの勧誘活動をしていてもいいはずだ。さっきも言ったように、校門前での勧誘活動なんて定番だしな。

 だというのに、今日まで他の部活動のそんな姿は見た記憶がない。

 つまり校則で禁止されていたからか。。

 ……でもな、校則って元々由来のわからないものが多いしな。

 髪を染めてはいけないとかスカート丈膝上何センチだとか、社会に出たらそんなもん守ってるヤツなんかいねーのに。この学校はその辺り結構緩いみたいだけど。

 おれは一応、悪足掻きも兼ねてその辺りを突っ込む。


「なんでダメなんだよ」

「そういうのはみんなその辺に捨ててゴミが出るから」


 返ってきたのは逡巡もないノータイムでのカウンターだった。


「「あ~……」」


 おれと日和沢は揃って納得の声を上げてしまう。

 これはもうしょうがないと、おそらく日和沢も思ってしまっている。

 環境美化は大事だ。今のところ、周囲を見回しても誰かが捨てたと思われるようなビラは一枚も転がっていないが、それは人間の心理として十分にあり得る問題だ。

 これから新しく部活を設立しようという身にとっては苦難以外の何ものでもないけれど、勧誘に関してはまた別の方法を考えるしかない。

 それでも日和沢は大人しく引き下がることに躊躇いを見せていたが、やがて見るからに消沈した様子で「わかりました……」と、ツレと共に撤収を始めた。

 その背を無感情に見送った美夜がおれのほうへと向き直る。


「ミコトも手伝ってたの?」

「話してただけだって言っただろ」

「…………」

「何だよ」

「何でもない。早く行こう。遅刻する」


 どう見ても『何でもない』ものではないようなその視線に、おれは眉を潜める。

 おそらくはまたぞろおれの何かを案じたのだと思われるが、その口からはいつもの、何かの未然防止コピーのような決まり文句が出てくることはなかった。

 そのことにどこか拭い去れない不可解さを感じながらも、おれは一人の姉の背を追って昇降口へと向かった。

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