第二四話 仮入部巡り(1)

「んじゃ、そーゆーことで、ありがとーございましたー」

「待ってくれ! 本当に入部する気はないのか!? 君には才能がある! 即戦力だ! 君ほどの実力があれば各地で行われるイベントで活躍できることは間違いない! もったいないと思わないのか!?」


 おざなりに挨拶をして退室しようとしたおれを、この部のセンパイは口角泡を飛ばしながら力説して引き留めようとした。おれはもはや語ることなんて何もないので、迷わず無視して出口へと足を進めた。


「すいません、本人にその気がないみたいなんで……」


 へこへこと腰を低くしておれの代わりに答えたのは、ツレの金髪ヤンキーだった。

 もういい加減無視すりゃいーのに、マジメなヤツだな、ホントに……。

 と、おれがそう思いたくなるのもむべなるかなというものだった。何せ勧誘とそれを一蹴するこのやり取りは既に何ラリーになるか思い出せないほど行われた後だったのだから。端的たんてきに言ってしつこい。


「待ってくれ! 本当に――」


 もう何度目かわからないループにおれたちを引きずり込もうとしたセンパイを置き去りに、おれと高上は謎解き部を後にした。

 他人の耳がないところまで歩いた後、高上が浅い溜め息を吐いて言った。


「なんかもう、仮入部巡りっていうより部活荒らしだね……」


 入学後、二度目の文化部棟だった。

 屋内には相変わらず各部が活動していると思われる部屋から話し声が聞こえてきたりして、静か過ぎず騒がしくもない程良い雰囲気が漂っている。

 おれたちの仮入部巡りは観葉植物部を皮切りに始まり、文化部の部活を半数ほど回って謎解き部を終えたところだった。さて後は何の部活が残っているかと記憶を探りながら窓の外を見ると、影が先程よりも幾分か長くなってきている。吹奏楽部が練習する楽器の音色も心なしかその音量が小さくなってきていて、ケータイで最終下校時刻までの残り時間を確認すると、回れるのはあと一つか二つといったところだった。

 

「人聞きが悪いな。おれはれっきとした仮入部を体験してるだけなんだけどな」


 と、実に遺憾な感想を漏らした同行者に異論を返した。

 おれが各部を訪れてしていることといえば、ほぼすべての部活において全力でその活動を体験させてもらっているだけで、どこにも問題はないはずだ。


「いや、別にいいと思うけどね。悪いことは何も……たぶん、してないと思うし」


 それでも高上は歯切れ悪くそう言う。

 確かに誰が見てもわかるような後ろめたいことはしていないが、もう少し上級生のメンツに気を遣うべきだとか、マジメなこいつはそう思ってるんだろーな。

 高上が懸念している通り、テーブルゲームなんかの勝負系の部活なんかでは実際に上級生と勝負に興じたりもした。

 しかし、おれが決して短くない入院生活で培ったあらゆるテーブルゲームの腕に及ぶ猛者もさはそうそうおらず、勝率は八割(しっかり計算したわけではないので推定数値だ)を越える結果となった。クイズ研究部での何度かの負けが勝率を下げたな。スリランカの首都とか知るか。イギリスの正式名称ならまだわかったのに。

 また、研究・考察系の部活では上級生がそれなりの自負を抱えて立てていた考察や理論に穴があったり考えが及んでいない部分もあったりしたので、それを指摘してその考察を補完するのに一役買わせてもらったりもした。つーか、下級生連中はその部分に気付いてたと思うんだけどな。……上下関係か、体育会系じゃなくてもあるもんなんだな、めんどくさい。

 もちろん、おれの指摘で顔を赤くしてプライドの崩壊に必死に耐えていたり耐えきれずに憤慨したりする上級生もいたが、素直に称賛や感謝を向けてくる上級生もいた。


「おまえこそ、料理部じゃ波乱を巻き起こしてたじゃねーか。何人か熱っぽい視線を送ってる女子(主に上級生)もいたぞ。もう入部でいーだろ」


 軽く嫉妬混じりにそう意趣返しすると、高上はどこか気まずそうに、あるいは気恥ずかしそうに視線を逸らした。

 料理部での仮入部は、おれも高上もある程度の料理経験があると告げると、それほど難しくないが簡単でもない料理を作ってみようということになった。メニューは肉じゃが。家庭料理の代表的な一品。

 結果、無難に調理して見せた程度のおれに対し、高上のそれは完璧と呼べる工程にさらにひと工夫もふた工夫も足されたものだった。その手際の良さとクオリティに最初は奇異なものを見るようだったおれたちへの視線が、女子部員(主に上級生)から高上限定で、妙にうっとりとした艶のあるものに変わっていた。


「いや、君への視線もごめん何でもない」


 おれは言いかけた高上に三白眼さんぱくがんを飛ばして黙らせる。

 なに、端的に言うと家庭科室の調理台がおれには高かったというだけの話だ。だったら大抵の場合どーするか、それはもう各々の想像に任せておれは黙秘させてもらう。

 そしてを目の当たりにした女子部員たちは何故かにわかに色めき立ったというわけだ。本当に、知識としては理解できても感情としては理解できねーな、そーいう女子連中の心情は。

 まぁ、とにかく本当にただそれだけの話だ。それだけの話だが、二度と話題に上げることは許さない。絶対にだ。忘れろ。

 

「おまえに向けられた視線とおれに向けられた視線じゃ、絶対そこに込められた意図は違うしな……」

「はは」

「否定しろよ!」

「いや、人の趣味はそれぞれだからね。君にもいつか春が来るさ」

「……ったく」


 そこに関して半ば以上諦めているおれは、諦観気味に額に手を当てて嘆息した。

 そうやってこいつが異性から異性として見られるのは、まぁギャップってヤツなのかね。ルックスは邪悪でも時折見せる物憂げな微笑には僅かな愛嬌が見えるし、生真面目に料理の腕なんかを振るわれたりなんかしたら、女子としては来るものがあるんだろーな。料理の出来るヤツに悪いヤツとかいなさそーだしな。


「今度おれにも何か作ってくんない? 美味けりゃ何でもいーから」

「……ミコト君、作る側としては何でもいいっていうのが一番困るんだよ?」

「主婦かおまえは」


 なんかもう高上のキャラが鰻登うなぎのぼりだ。キャラの濃さがおれが過去に会ったヤツらに追い付きつつある。もう裁縫ができるとか言われても驚けねーぞ。


「それで、次はどの部を荒らしに行くんだ?」


 高上はもはや何の遠慮もなくそう言って本来の目的に話を戻した。


「だから別に荒らしてねーって……」


 対するおれは一応否定を返しておいて、未訪問の文化部に思考を巡らせつつ、各部屋のドアプレートを確認しながら文化部棟の廊下を進む。


「まだ行ってないのは……」

「盆栽部と知恵の輪部とボトルシップ部とペットボトルキャップ部と発毛促進研究部と……」

「…………」

 

 気のせいか、高上が列挙したアホみたいな部活の数々に意識が遠退いていくのを感じた。

 ダメだ、突っ込もうとしたら絶対追い付かない……。それをやろうとしたら身を滅ぼす気がする……。先天的に難があって強い負担を掛けられないおれの身体だが、突っ込み死とか絶対にイヤだぞ……。

 突っ込んじゃダメだ突っ込んじゃダメだ突っ込んじゃダメだ……。

 と、呪詛を唱えるように自分に言い聞かせる。が、悲しいかな、要点は掻い摘まんで突っ込む必要があった。


「この高校って別にマンモス校じゃねーよな? そんだけ部活が多岐に渡ってて何でどの部もやっていけてんだよ……。部活一つ辺りの在籍人数、四人に足りてんのか……?」


 それとも四人必要なのは設立時だけで、あとは部員がそれを下回ったとしても問題はねーとか? だとしたら杜撰ずさんとしか言い様がないが……。

 高上からは困ったような乾いた笑みが返ってきただけだった。

 発毛促進研究部他いくつかの部活以外は興味をそそられたが、しかしどうにも地雷の気配もする。

 こうなると適当に選ぶか、再び無難に文芸部に籍を置くか悩み始めたところで、ふと高上が足を止めた。

 数歩行き過ぎてから怪訝に思って振り返ると、その視線は一つのある部室のドア――引き戸に釘付けになっていた。

 正確には、引き戸の上部に取り付けられている小さな嵌め込みガラス、その向こうに。

 そう、以前におれが背伸びをしても届かなかったアレに、この金髪ヤンキーは何の努力もすることなく当然のように届いている。いーよな、年相応に身体が成長してるヤツは!

 おれが心中で恨み言を叫びながら確認したそのドアプレートには『音楽室』とあった。


「どーした?」

「うん、音楽室っていうと活動してるのは……」

「合唱部か吹奏楽部じゃねーの?」


 ちなみにこの高校、音楽の授業は必修ではない。選択科目で選ぶことは出来るが、おれは選ばなかったのでこの部屋自体に縁がない。授業でも選ばなかったものに仮入部をしようという気があるはずもない。

 よっておれはスルーを決めていたのだが。


「んで、それがどーしたんだって――」

「日和沢さんがいる」

「……は?」


 音楽室の中に視線を遣ったまま喰い気味に返してきた高上に、おれの口から出たのはそんな間の抜けた声だった。

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