第二十話 負荷(1)

 見た目から察せられる年頃は幼稚園保育園の年長といったところか。

 辺りに視線を巡らせてみても保護者らしき大人の姿は見られず、放っておくのも躊躇われる。

 おれは、へたり込んでいるその子に合わせて腰をかがめた。


「どーした?」


 すると女の子は、一度おれに視線を向けた後、あろうことか勢いを増して泣きじゃくり始めた。


「うわあぁぁぁぁぁん!」


 ……何でおれ見て泣くんだよ、見た目からして怪しいおっさんとかじゃねーんだからさぁ……。

 これだから子どもってのは苦手なんだよなー……

 早くも話し掛けたことを後悔しつつも気を持ち直し、威圧感を与えないような声音を心掛ける。脳裏にイメージするのはクラスメイトのエセ金髪ヤンキー。……なんかちぐはぐで違和感しかねーな。


「お母さんお父さんはどーした? どこにいる?」

「は、はぐぅれたあぁぁぁぁぁ!」


 びえんびえんと鳴き声がこの静謐な空間に響き渡る。おれはあわよくばそれが売り場の通行人にまで届かないかと期待したが、そんな気配は見られなかった。

 仕方なく、おれは冷静に頭を回転させる。


「携帯は持ってないか?」


 確認してみるも、たぶん持ってないだろうとおれは踏んでいた。

 まだ持たされているかどーかといった年頃だし、持っていたらこんなところで泣いたりせずにとっくに親に連絡しているだろーしな。

 予想通り、女の子は泣きながらも器用に首を横に振った。


「それなら、こーいう時に話しかけてきたヤツに渡すよーに親から持たされてるメモ書きとか持ってないか?」


 保護者への連絡先だ。こういう小さい子どもが迷子になった時なんかを想定して、我が子にそういったものを持たせておく親というのもいると聞いたことがあったから確認したわけだが――。

 女の子はまたもやふるふると首を振った。

 その後も二つ三つ質問をしたが、いつ、どこではぐれたかも判然としないし、こういう時の集合場所なんかもわからないという。

 これはもうスタッフ任せだな。インフォメーションセンター的なところまで行って両親を呼び出してもらえば済むだろう。

 おれは安直にそう考えたが、しかし――。 


「そーか。じゃあ、とりあえず移動しよーか。えっと、立てるか?」

「あぁしいたぁいぃぃぃ! 立ぁてぇなぁいぃ!」

「足?」


 言われて、女の子が抑えている足首の辺りに視線を遣る。

 パッと見、血が出ているわけでも腫れているわけでもなく、おかしな方向に曲がっているわけでもない。

 外傷はなさそーだけど……挫いたか? 

 非常階段の踊り場だし、足を踏み外したとか十分に考えられる。

 どの道、痛みを訴えてへたり込んでいる以上は下手に動かさないほうがいーか。


「わかった。じゃあ誰か呼んで来るから。もう少しここで待ってて……」


 言いながら立ち上がると、その小さな手がきゅっとおれの服の裾を握ってきて制止を余儀なくされる。

 その顔を見ると、年端もいかない小さな女の子は目尻に涙をいっぱいに浮かべて上目使いでこちらを見上げていた。

 言外に込められている意思は理解できてしまう。

 い、幼気いたいけ過ぎる……。

 さらには庇護欲も掻き立てられる。

 おれは自分にそんなものがあったのかと反応に困って、とりあえずこめかみの辺りを揉んだ。

 ここで二人して途方に暮れていても埒が明かないし。

 ットに、しょうがねーな……。

 おれはその子に背を向けてかがんで、わかりやすく“おんぶ”の体勢を作って見せてやった。


「ほら、乗れ。背負ってってやるから」


 すると女の子は一瞬戸惑ったような表情を見せた後、痛む足を窮屈に動かしながらもおれの背中にしがみついてきた。目指す先はスタッフがいるであろうインフォメーションセンターだ。そこで対応してもらえることを祈る。

 おれはその小さな身体を自前の小さな身体でしっかりと固定して背負い、足腰に力を込めて立ち上がった。


「ぐおっ」


 思った以上にのし掛かってきた負荷に足腰が軋みを上げ、口からは呻き声が漏れる。

 子どもの体重が直接掛かる腰にも負担が襲い、腰が折れ曲がりそうな痛みを発した。……あれ、この子体重百キロとかあんのかな。

 自分の足腰の弱さにそんな錯覚を覚えながらも、おれはよろめく全身に力を込めて姿勢を安定させ、下半身で踏ん張る。

 それだけのことで、息が上がりつつあった。

 階段で二階に移動する程度、色々と難のあるこの身体でも適度な運動程度のものだけど、子ども一人分の負荷が加わるとなれば話は変わってくる。

 まったく、想定外の重労働が降って湧いてきたものだ。


 ……いーなぁ、楽しくなってきた。

 知らず知らずの内に口元が笑みの形に歪むのを感じる。

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