この人たちには問題がある。

ふい

1st Season

序章

第零話 入学前(1)

「ミコトもこの春から高校生になっちゃうんだね」


 中学から高校へと進学する境の春休み、何となく自室で座椅子に座り、テレビを点けて国内リーグのサッカー中継を観ていると、背後からそんなふうにぼやく姉の声が聞こえてきた。その声から感じられたのは弟の成長を喜ぶような色ではなく、ただただ弟の成長に異議を唱える不満の念だった。


「おまえな……、ノックしろって何回言やわかっ……まぁいいや。『なっちゃう』ってなんだよ。なっちゃ悪いのかよ」

「『おまえ』じゃない。おねえちゃんのことは『おねえちゃん』って呼ぶように。いつも言ってる」


  ノックしろっておれもいつも言ってんだけどな。どうやら己の耳には届いちゃいないらしい。

 さすがに思春期ということで姉弟で部屋を分けて二年近く、何のためにそうしたのかわからないほどの時間、こいつの姿はおれの部屋にある。たぶん、こいつ本来の部屋は埃が積もっていると思う。

 もはや口癖のようになっているわけのわからないこだわりを口にした姉はそう唇を尖らせながら、どこか陰鬱とした面持ちで壁際に視線を遣っていた。そこにはおれが進学先で着ることになる制服が掛けられていた。


「悪い。おねえちゃんは悲しい。でも見た目が成長してないから百歩譲って我慢する」


 素直に喜べよ、弟の進学をよ……。

 これがおれの姉、星名美夜ほしなみやだった。気を遣うというということを知らず、慮るということをしない。これが赤の他人の口から出た言葉だったらキレているところだが、昔からすぐ近くにいて一緒に育ってきてしまったこいつの発言だからこそ、既に諦めもついている。こいつのこの性質は一生治らない。

 だからといって何の反感も抱かずにいられるわけでもなく、おれは嘆息して返す。


「見た目も成長してるっつーの」


 身長は毎年数ミリずつ伸びているし、顔つきも徐々に男らしく精悍に成長している……はずだ。……そう信じたい。

 しかしそんなおれのささやかな抵抗など美夜にとってはそよ風のごとく些末事のようで、微塵も取り合う様子なく自分本意に話を運ぶ。


「これからまた一緒に登校できるし」

「高校生にもなって姉弟で登校なんてできるか!  絶対しないからな!」


 そう、年子であるおれたちは、この春から同じ高校に通うハメになる。

 中学では弟のおれを心配してか、毎日のように姉弟肩を並べて通学路を歩いたものだが、思春期突入のその年頃になってまでそんなでは嘲りの対象でしかない。登校時間をずらすべく出来うる限りの努力をしたものの、それが実ったことは数えられるほどしかない。成功した作戦もすぐに対策を講じられ、翌日にはまた共に登校するハメになっていた。

 こんな過保護な姉とは出来れば別の高校に通いたい。ダメ元でそう両親に提案したのだが、やっぱりだめだった。却下された理由には強い異論を唱えられるわけもなかったので、おれも食い下がることはしなかった。


「? 同じ家から一緒に登校しない理由がわからない」


 こてんと無垢な顔で首を傾げる美夜。

 ……独り暮らしがしたい。そんな願望も、おれの身体のことを考えると夢のまた夢だった。

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