第2話 便利屋の屑鉄(2)

 男が屑鉄に罵詈雑言を浴びせられる余裕が出来た頃、部屋の中に男達が姿を現した。男達の姿を見た男は滑稽な悲鳴を上げながら逃げようとするが、しっかり拘束されたその身に逃げ場などあるはずもなく、売られていく家畜の様に部屋の外に出された。

 

 部屋に残されたのは、屑鉄と小奇麗な身なりをした男の二人だけ。


「世話になったな、屑鉄」


 そう言って、男は分厚い封筒を渡す。


「そいつは謝礼だ。俺じゃなくて、ボスからな」

「俺への臨時収入って事か?」

「そうしたいならそうすればいい」

「冗談だよ。こいつは可愛そうな娼婦の懐に消えるだろうさ」

 

 封筒を胸元に入れ、吸い殻を床に捨てる。


「ボスに伝えとけ。自分のシマの揉め事を、こっちに回すなって」

「先に動いたのはマダムの方だ。不甲斐ない事だが、あの女が助けを求めたのは、俺達ではなく酒場の店主……まったく、どうしてそっちにいくかねぇ」

 

 男は苦虫を噛み潰した様な顔をするが、その答えは決まっている。


「給料を払ってくれる会社よりも、関係ない他人の方が信用あるって事だろうな。マダムはこの街では駆け込み寺みたいな扱いだからな」


 聞き慣れない言葉だったのか、男はなんだそれはという顔をする。


「……東の国にある、女が逃げ込める教会の事だよ」

「へぇ、そんな文化があるとは驚きだ」

「お前等みたいな連中よりも、そういう場所が必要だって事だろ」

「お前みたいな便利屋もか?」


 便利屋の屑鉄。

 便利屋などという言葉は、あまり聞こえが良いものとは思えない。少なくと、彼の事を周りがそう呼びだした頃から、この感想に変化はない。

 

 便利屋と呼ばれる以前は、女狐の飼い犬、使いっ走り、下僕、奴隷と酷い呼ばれ方だったが、気づけばそれ以上に酷く、そして滑稽な便利屋などという名前で呼ばれるようになっていた。金さえ積めばどんな極悪非道もする、そんな馬鹿みたいな噂が出回り、屑鉄の所にヤクザの頭を殺して欲しいなんて依頼が来る程だ。

 

 他の連中よりも腕っぷしに多少の自信があり、揉め事に巻き込まれた経験だけは十分ではあるが、それだけで簡単に人を殺せるような人種だと思われるのは心外だった。


「便利屋なんて呼んでるのはお前等だけだ。俺は単なるバイトみたいなもんだ」

「バイトにしては良い仕事をするから、便利屋なんて呼ばれるんだよ」


 男は煙草を取り出し、火をつける。屑鉄も同様に煙草を吸う。しばし、紫煙を吐き出すだけの静かな時間が流れ、男は口を開く。


「なぁ、屑鉄。物は相談なんだが……」


 そう言うと男は、先程の倍の厚さの封筒を俺に見せた。


「お前、ファミリーに来ないか?ボスは勿論、俺達はお前の事を買っている。この街の厄介事において、お前の以上に適任はいない。もしもファミリーに来てくれるなら、これ以上の金を出すとボスは言っている。これはマダムとの手切れ金にでも使ってくれればいい。勿論、マダムがごねるならば、更に倍は用意する事も出来る」

「女狐の飼い犬の次は、マフィアの飼い犬になれってか?」

「飼い犬ではない。幹部としてお前を引き入れたいと思っている」


 随分と好待遇を用意されたものだと、嬉しくもないのに笑みがこぼれる。便利屋からマフィアの幹部。これは今貰っている金の数倍、使いきれない程の額が用意されるだろう。そうすれば、こんな何年着たのかも忘れたコートではなく、ブランド物のコートが買えるだろう。煙草も酒も買い放題。狭い物置みたいな部屋ではなく、広い部屋に引っ越す事も出来る。


 待遇は最高。これを断る様なら、そいつは馬鹿だろうと苦笑する。


「……悪いな」


 それだけ言うと、男は驚く事すらせず、そういうと思ったと笑って見せた。


「気にするな。ボスも俺にお前の勧誘をするように命令したが、駄目で元々のつもりだったんだ。お前がマダム以外の連中に属するとは誰も思っていないさ」

「その言い方は語弊がある。まるで俺がマダムに忠誠を使う忠犬みたいだろうが」

「なら、どうしてお前はマダムに飼われているんだ?お前が他の組織から勧誘を受けて、その度に突っぱねている事は知っているぞ」

「そのせいで何度か殺されそうになった事は知ってるか?」

「そのせいで何度か組織を潰している事は知っているぞ」


 別に好き好んでマダムの所で働いているわけではない。最初に自分を拾ったのがマダムというだけの話。


 仮にマダムよりもファミリーに拾われたならば、自分はきっとファミリーの一人として街を仕切る者になっていた。だが、実際はそうはならなかった。馬鹿みたいな想像は妄想でしかなく、現実として先に自分を拾ったのはマダムという女だった。


「好待遇な職場よりも、気楽に仕事が出来る職場が良いんだよ、俺は」


 これはその程度の事でしかない。


「マダムの所にお前がいるっていうのは、ある意味では一番良い事なのかもしれんな」


 男は吸っていた煙草を床に落とし、踏みつける。


「仮に他の組織に貴様がいれば、俺達は今の様に商売は出来てない。お前はそれだけパワーバランスを壊しかねない奴だって事だ。そして、それを拾ったのがどの組織でもない個人、マダムという最小勢力だ。そのおかげでこの街は非常に良いバランスを保てている……腹立たしい事ではあるがな」


 その台詞は以前にも言われた事がある。屑鉄個人としては別にそんな事はないと思っているが、本人と他人の評価は思っているよりも差があるらしい。無論、それが過大評価という意味になるのを知っている。


「俺達としては、お前がこのままマダムの下で働いてくれると助かるよ」

「そうかよ。俺は仕事もせずにのんびり暮らしたいと思ってるけどな」

「心にもない事を……まぁ、いいさ」


 男はそう言って部屋を後にした。


 あっさりと会話が終わってしまったことに、どこか拍子抜けしている自分に気づく。誘いを断った瞬間、自分と彼が得意とする物騒な状況になるかもしれないと思ったのだが、相手が想像以上に大人で助かった。その反面、彼等を正当防衛で潰す事が出来るから都合が良かったのに、と残念な思いもあった。


 話の分かる者は嫌いではないが、ファミリーの様な組織は時が来れば確実に牙を向く事を経験として知っている。

 それが早いか遅いか。

 それが今日か明日か。

 その程度の違いならば、どれだけ有効的に迫られようとも、引くべき線はきちんとしなければ、自滅するのはこちらだ。


「今日の友は明日の敵ってか……別に友でもないか」


 もやもやした気分を落ち着ける為に、新しい煙草を吸おうとしたが、箱の中には一本の煙草も入っていない。


「……買って帰るか」

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