第366話 実況外の探検録 Part.18
【1】
いつものように和室に置いた立派な机の前に姿勢を正して座っている9本の尾を持つ銀髪の狐をモチーフにした女の子のアバターが座っている。ただし、その表情は……どことなく、いつもの明るさが見受けられない。
「……価値ですか」
そんな小さな呟きと共に、サクラは自分自身の作ったアバターを見回していく。自分の視点からも、録画中のプレビュー表示を通して客観的にも、どのように見えるのかを……。
あえて色々な表情をしてみて、百面相を繰り広げていくサクラ。その心の内は……コロコロ変わる表情からは窺い知る事は出来ない。
「うん、やっぱり私のアバターは可愛いですね!」
そして、唐突に始まる自画自賛。サクラのリアルでの出来事を知らなければ、何が起こっているのかさっぱり分からない内容をここでやるのは自重してもらいたいところである。思う所が色々あるのだろうが、何も録画中にやらなくてもいいのでは?
それから少しの間、百面相が続いてはいたけども……迷いを振り切るように、両手で挟み込むように頬を叩いて、意識を切り替えていく。パンッと頬を叩く音が響き、普段の表情のサクラに戻っていた。
「むぅ……今のは少し痛みが欲しかったですけど、痛覚は無いから仕方ないですね。さーて、それじゃ気分を切り替えて、実況外の配信プレイを始めていきましょう!」
これだけを見ている人には意味不明な流れではあるけども、それもいつもの事。急な話で混乱しているのだろうけども、存分に悩むといい。
これまでの事も、これからの事も……無制限ではないけども、今はまだ考える時間があるのだから。
「さーて、とりあえず木の育成から……って、わわっ!? え、視点共有の申請ってなんですかねー!? え、姉さん、直接見る気なの!?」
いざ、本筋に戻って実況外のプレイを始めようとしたら、驚き始めるサクラであった。作った表情の驚きではなく、素で驚いている。
フルダイブ中の外部からの申請内容はサクラ以外には見えないし、聞こえないようになっているけども……驚き過ぎて、外部への音声の切り替えを忘れ切っているサクラであった。
何が起こったかというと、姉の葵……サツキが申請してきたVR機器での視界共有のシステム。同じホームサーバーに接続中かつ性能的に余裕があれば使える機能であり、それはフルダイブしている者の見ているものを、共有して見れるというもの。
システム的にはこの機能を発展させたものが配信用のプログラムなのだが、そんな事はサクラが知る訳もなかった。機能的にはちょいちょい調整用に兄が使っていたりはするのだが、それも知るはずがない。
「えっと、えっと!? 姉さん、これで見えてる? うん、成功! どうせなら、音声も繋げちゃえ!」
「えっ、音声まで!? あ、もう繋がっちゃってる!? んー、まぁいいや!」
なんだかお気楽なサツキの声だけが聞こえてくるようになったけども、フルダイブ中に外部からのサツキの音声が入力されてきたようである。サクラがサツキに視界共有の許可を出した事で、こうなった。
ちなみに、サツキも流石は姉というところか、サクラと同様に色々とやらかす事が多いため、仕事用名義である『立花サナ』としての素の音声が入らないように、『立花サナ』用のアカウント以外でフルダイブをした場合の声は少し変更してある。
「さーて、サクラちゃんの実況外の配信プレイ、始まるよー!」
「えっと、なんだから姉さん……サツキさんが乱入してきましたけど、そういう事なので今日はサツキさんの音声ありで2人でやっていきますね!」
「昨日のは見れてないままだから、そっちも並行して見ていくねー!」
「同時に見ていくんです!?」
「そうだよー! ちなみに、どっちから育てていくの?」
「あ、木のつもりですね!」
「そっか、そっか! それじゃ張り切って開始だねー!」
「はい! なんか予定外でびっくりしましたけど、実況外のプレイ、開始です!」
そうしてモンエボを起動して、実況外のプレイを始めていく。これを実現する為に色々と同時に動かしている状況になっているけども、新しいホームサーバーへと変わって余裕が出来たからこそ実行可能になった事である。
旧機種でもサツキの作っていた和室を一時的にでも解除すれば可能ではあるが、その辺りの事情はサクラは知らない。何気にホームサーバーを買い替えた事の恩恵は大きいのである。
まぁ何はともあれ、これはサツキが実家に帰ってきているからこそ出来る事。……多少酔っぱらってはいるけども、それなりに酔いは醒めてはいるから、サツキの旦那からの許可も出ている。
そして、サクラが色々と悩む事情を把握はしているサツキの心境もまた……サクラはまだ知らない。サツキがあの件を知らないはずがない事にも、気付いてはいない。急過ぎる話だったから、サクラ1人だと悩み過ぎるだろうという心配も含めて……。
【2】
近くに盛大に流れる川があり、それを地面から見ていく様子である。陽光に煌めく水面が見て取れる。
「サクラちゃん、前回はどこまでやったのー? なんだか渓流エリアに来てるみたいだけど……マップの踏破を狙ってなかった?」
「えっと、そこは予定変更にしたとこです! 移動してたら意外とサクサク進めちゃって、そのまま他のエリアに進出して、ここに来た感じですね!」
「なるほど、なるほど! それなら、もう『始まりの森林』の名前は変えた感じ?」
「……え? あー!? そういえば、こっちも変えようと思えば変えられるんですね!?」
ゲームとしてその辺の仕様は同じなのに、サクラは何を言ってるんだろうか。やはりツッコミ役の存在は必要なのだろうが……それがサツキだというのが少し不安な要素でもある。
「……もしかして、皆さんが言ってた気になる部分ってこの事ってこれですかねー?」
「あ、そういえばそんな話もしてたねー! うん、それかもしれないよ!」
「まぁライオンの方でもやってる事ですし、気になっても仕方ないかもしれないですね!」
「そうそう! ライオンでやってて、木ではやってないってのは気になるよ!」
「それじゃLv上げもしつつ、こっちの『始まりの森林』のエリア名を考えていきましょう! その内、ライオンで辿り着くかもしれないですし!」
「そうしよう! お姉ちゃんも、アイデア出していくからねー!」
「はーい! とりあえず、戦闘開始です! 『樹液分泌』!」
そうして、視聴者の皆が気にしていた『新たに生成出来るようになった『麻痺毒』を全然使わない』事とは全く見当外れの方へと進んでいくのであった。
うん、まぁサツキはまだ前日の実況外のプレイを見れていないから仕方ない部分ではあるけども……不安な状況だなぁ。
「おっ、クワガタが飛んできたね! サクラちゃん、いっけー!」
「いきますよー! 『微毒生成』『根刺し』!」
果たして、生成が出来るようになっている『麻痺毒』の存在に気付くのはサクラが先か、サツキが先か……。どちらも気付かずに時間切れという可能性もありそうだ。
サツキは多くの種族をやっている訳ではないけども、それでもサクラよりはモンエボの仕様については把握しているが……気付いていない事に気付くかはまた別問題。さぁ、どうなるのか。
【3】
幾度かの戦闘を経て、『樹液分泌』1回ではもう適正Lvになる敵が出現しなくなってきた。流石に同じ位置でずっと狩り続けるのには無理がある。
「サクラちゃん、そろそろ移動した方がよくない? もう経験値、あんまり入ってないよー? それにエリアボスを探しに行ってもいい頃だと思うけど」
「むぅ……確かにそれはそうですね。Lv8になってから全然上がってないですし、移動ですね! そろそろ川沿いでエリアボスを探しに行きましょう!」
「『水分吸収』が使えると、かなり楽だもんねー! 川沿いに行きたいの分かるよ!」
「そうですよねー! 分体モードは解除して、移動モードに変更です!」
なんだかんだで和気あいあいと話しながら、桜の木での戦闘は続いていく。Lvが7から8に上がりはしたものの、敵のLv帯を上回ってしまったので効率はかなり落ちているから、移動するのは正解だ。
それにしても……サツキが『麻痺毒』の存在に気付く様子もない。他のツッコミは不在だから、そこはなんとか気付かせてやってほしい!
「そういえば、サクラちゃん。今の桜の木の進化ポイントっていくつー? それなりに敵は倒したよね?」
「あ、全然気にしてませんでした!? えっと……今の進化ポイントは30ありますね!」
「よーし、それじゃなんかスキルを増やしちゃおー! それだけあれば『看破』も取れるんじゃない?」
「あ、確かにそうですね! 今ある攻撃スキルは少ないですけど、毒がかなり有用だから何とかなってますし、そうしましょう!」
「よーし、それで決定!」
「それじゃ『解析略化』と『看破』を解放です!」
そうしてサクラは知恵のスキルツリーを開いて、2つのスキルを解放していく。まぁ動かなくても『水分吸収』で安定して生命を回復させつつ、毒で敵を弱らせられる状況なので、攻撃用スキルが少なめで済む状況であるのは間違いない。
そして、『看破』の有用性はライオンのプレイで実証済み。敵を見つけるのが得意とは言えないサクラにとっては、重要なスキルではあるだろう。『樹液分泌』では寄ってくる敵の種族に偏りが発生するので尚更だ。
「さて、解放完了です! 早速使って、移動していきましょう! 『看破』!」
「エリアボスを見つけに行くよー!」
『解析略化』の解放の10、『看破』の解放に15ほど使い、残り進化ポイントは5。まぁサクラの苦手とする部分を補う手段としてはありだろう。
ただ、今の知恵のスキルツリーを開いた時に、サツキには『毒生成』がLv2に上がっていた事に気付いて欲しかった。そうすれば『麻痺毒』が使えるのも分かったのだが……。
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