第18話 秋葉原

 秋葉原のばかでかい交差点の真ん中で立ち止まり、くしゃみをした。少し胸が痛かった。

 見上げると、薄い青空に飛行機雲が一筋見えた。


 サエコさんはエデンに旅立った。

 昨日の夜かかってきた電話で知った。


 電話の向こう側のサエコさんの声は、いつもより少し弾んでいて、直接会って話すときよりも年若い印象を受けた。


「エデンへの旅は、快適?」

--思ったより、悪くないわ

「エデンへは、どういう道を通っていくの?」

--窓の外の景色は、なんだかすぐに変わってしまって。どこか懐かしい風景かと思ったら、ふにゃふにゃと形が定まらなかったりで、どこを通っているのかはわからないわ

「エデンへは、乗り物でいくの?」

--そりゃそうよ。徒歩じゃきっとたどり着けないわ

「いつ着くの?」

--知らない。でも、いつになっても構わないわ

「不安はない?」

--不安や心残りがあるうちは、きっとチケットは手に入らないのでしょう


 また連絡するわ、の声で電話は終わった。

 永く生き過ぎた、と自ら感じた人は皆、エデンに旅立つと知っている。しかし、その人たちも心のどこかでは、この街にいる誰かや何かを案じていると思っていた。

「不安や心残りがあるうちは、チケットは手に入らない」

 色の薄い空に向かって呟く。


 控えめな車のクラクションが、信号が赤に変わっていることを教えてくれた。

 横断歩道を渡り終えた後、先ほど立っていた交差点の中央に目を向ける。行き交う車の流れに向かって大きく振りかぶり、手のひらの上に想像で生み出した青いトマトを投げつけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る