第17話 御徒町

 御徒町の駅前に、チェロのケースをガードレールに立て掛けて、カップ酒をすするおじさんがいた。


 横目に通り過ぎようとする私の前を、黄色いリュックを背負い藤色の髪飾りをつけた少女が横切り、おじさんに何か弾いてと静かな口調で話しかけた。

 おじさんは少女の髪飾りを見ながら「仲間がそろえば、すぐにでも」と答えた。


 それから少女とおじさんとなぜか私も、おじさんの音楽仲間を探す旅に出た。

 丘を越え、砂地に足を踏み入れ、沢を渡った。日は暮れては昇った。草原で牛飼いと出会い、少女は藤色の髪飾りと子牛を交換した。


 あばら屋が並ぶ路地裏で、バイオリンケースを背負った少年に出会った。

 少女が、おじさんといっしょに演奏しないかと誘うと、少年は黙ってケースを開いた。

 ケースのなかにはバナナが一房入っていた。

「お腹が空いたから、交換してもらった」と言うと、少年はケースをパチンと閉じる。少女はその小さな手で、同じくらい小さな少年の手の中に、黄色いリュックから取り出したハッカ飴を数個握らせた。おじさんは深く頷いた。


 少年は、私たちの旅に加わった。


 橋を渡り、森を抜け、崖は迂回した。月は昇り、星は巡った。少女は少年の伸びた金色の髪を、赤いゴム紐でまとめた。子牛は成長し、私たちの食卓には、様々な乳製品が添えられるようになった。おじさんはカップ酒の空き瓶に、嬉しそうに牛乳を注いだ。


 美しい公園に出た。

 公園の中心にある噴水の縁に、ギターケースを持つ青年が座っていた。

「このおじさんといっしょに、音楽を演奏してくれないだろうか」と、私は青年に話しかけた。

 青年がケースを開くと、薄力粉がパンパンに詰まっていた。

 おじさんは二度深く頷くと、自らの持つチェロのケースを地面に下ろし、そっと開いた。

 ホットプレートが出てきた。

 少女は黄色いリュックの中から砂糖を取り出し、たまたま私はチョコレートシロップを持っている。通りすがりの雌鳥が卵を生んだ。


 みんなでクレープを作り、食べ、別れた。

 牛は少女についていき、雌鳥は少年が持ち帰った。

 帰り道の空は雲一つなく、少しかすれた薄い青色だった。

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