第8話 池袋

 池袋で日向ぼっこをする。時折陸橋の上を列車が通り過ぎるのが見える。


「もし」

 いつの間にか寝ていたようだ。遠慮がちに掛けられた声で、目が覚めた。

 目を開くと、腰を曲げ、寝転がる私の顔を覗き込む、蝉の顔が見えた。

「もし」

 蝉はもう一度、遠慮がちに声を発した。


「はい、何でしょう」

 立ち上がり、軽く伸びをしたい気持ちを抑えながら答えた。

「お休みのところすみません。じつは私の子供たちがそろそろ出てくる時期でして」

 私は「はあ」と応じる。

「そろそろ、出て来やすいように、土をほぐさなくてはいけないのです」

 蝉は後ろ足以外の四本の足で、器用にもじもじとしている。

 あらま、という私の言葉は、蝉の少し大きな声で遮られた。

「過保護、という誹りもございましょう。しかし、私どもはいま少子高齢化が大きな社会問題となっています。少しでも、少しでも多くの子供たちに、外へ出てきてほしいと願うことは、それほどいけないことでしょうか」

 最初の印象と異なり饒舌だった蝉は、演説を終えると右の前足を震わせた。

「いえいえ、存分にやるとよいでしょう」

 私は、ひんやりとして寝心地のよかった場所から、ビニールシートをどかした。

「ありがとうございます。では早速」

 そう言うと蝉は、四つん這いならぬ六つん這いになり、私の重みで少し固くなった土を、六つの足先でつんつんつっついた。


「もし」

 目を開くと、老婆が顔を覗き込んでいる。

「そろそろ日が暮れます。そろそろ帰るがよろしかろう」

 そう告げ、老婆は線路沿いにある狭い空き地から立ち去った。

 ビニールシートを畳みながら、先程の蝉はミンミンゼミだったか、ヒグラシだったかと考えた。しかし私は、ミンミンゼミもヒグラシもアブラゼミも、見分けがつかなかった。

 小脇にビニールシートを抱えたまま、空き地の奥にひっそり立つムクロジのもとまで歩く。その根を隠す土を靴先でつつきながら、みんみんと小さく呟いた。

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