第9話 大塚
超人タカシに会いに行こう、とカナちゃんが言うので、大塚まで着いてきた。
「ところで、超人タカシって、だれ?」
細い路地を迷う様子なくずんずん進む、カナちゃんの背中に尋ねた。
「知らないの?」と振り返らずとも笑顔が見える声で、カナちゃんは答えた。
「しらない。有名なひと?」
カナちゃんは足を止めることなく、「この間この路地で会ったひと」と言ってけたけた笑い、ことさら細い道を選んで進んでいった。
少なくとも同じ道を3回は通りすぎ、ちょっとお茶でもと言いかけたときだった。「私をお探しか」という声が、頭上から下りてきた。
「あ、超人タカシだ」
カナちゃんが声のした右上に顔を向けて言った。同じ方向に目線を動かすと、白い肌着に汚れたチノパンを履いた白髪混じりの痩せた男が、民家の塀の上に腕組みして立っていた。そして、そのまま民家側に落ちていった。
住民に謝り、超人タカシを民家の裏庭から救出した。
公園のベンチに三人並んで座り、水筒のお茶を飲む。
超人タカシは足をさすっている。「痛いの?」とカナちゃんが言うと、「痛いさ、超人だもの」と涙声を出す。
風もないのに揺れるムラサキカタバミと、それに戯れるモンシロチョウを眺めながら、「どこらへんが、超人になるんだろうか」と聞いてみた。
「ふふふ、一目で気がつかないのも無理はないかもしれない」と超人タカシは言うと、カナちゃんから受け取った水筒の蓋からごくりとお茶を飲み、一息置いた。
「何を隠そう、私はこの入り組んだ路地を迷わずに、最短距離で駅までたどり着くことができる」
超人タカシは水筒の蓋をカナちゃんに戻すと、もう一杯注ぐように動作で示した。
「さらに私は、チエさん家のポチが迷子で、ここ一週間帰って来ていないことも知っている」
カナちゃんは蓋にお茶を注ぐと、超人タカシを素通りし、私に渡してくれた。
私は受け取ったジャスミンティーの香りと味を楽しみながら、「それは超人ではなく、町人では」とゆっくり尋ねる。
超人タカシは、お茶を受け取るためカナちゃんに伸ばしていた手をそっと下げながら、「そう。私は超人でありながら、町人でもある。故に超人なのだ」と答えた。
「そう。超人であり、町人でもあって、さらに鳥人でもあるのよね?」と、カナちゃんは私から受け取った蓋に注いだお茶を飲みながら、言った。
超&町人タカシは「……誰かがそれを望むならば、いずれそうなる」と言うと、ベンチの上に立ち「かあ」と鳴き、腕をばたつかせ、低くジャンプした。
超&町人タカシは地面に下りた後も、かあと鳴いては低くジャンプし、少し前方へと移動した。やがて5回ほどジャンプしたころには腕に羽毛が生え始め、8回目くらいには尻尾がはっきりと現れ、10回跳ねてから振り向いた顔には、しっかりとしたクチバシが見えた。
振り向いたまま「かあ」と鳴くと、今までになく強く羽ばたき空へ舞い、近くの電信柱に止まった。
カナちゃんが、「かあ」と小さく呼びかけると、超&町&鳥人タカシは「かあ」と、少し寂しそうに返した。
カタバミはもう揺れておらず、モンシロチョウも姿を消した。
カナちゃんは水筒の蓋を固く閉めると立ち上がり、私に向かって手を差し出した。
広い道まで出て、二人並んで駅に向かってゆっくりと歩いた。
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