クソ親父にポーカーの賭けの対象にされて知らない間に売られていたオレが、王太子殿下の嫁になるまで・BL

まほりろ

第1話「どうやら俺はクソ親父売られてしまったようです」



「あのクソ親父!」


今しがた届いたばかりの手紙を握りしめると、上質な紙がぐしゃりと音を立てた。


やけに上等な紙とインクを使っているから怪しいと思ったんだ。


いや今はそんなことを考えている場合ではない。


「逃げよう」


一カ月単位で借りている冒険者専用の宿の一室、来たときは鞄一つだったが、一年借りている間に荷物が増えた。


金になりそうなものと魔法道具だけを鞄に詰め込み、窓から外に出る。


宿代は先払いしてある、更新日になっても金を払えなかったら荷物を撤去され、金目のものは宿屋の主人のものになる取り決めだ。


残して行くにはちょっと惜しいものもいくつかあるが、背に腹は変えられない。


窓から鞄を投げ捨て、雨どいづたいに壁を降りる。


借りていた部屋は三階だからそれなりの高さはあるが、冒険者をしていたので、このぐらいの高さから降りるのは造作はない。


鞄を拾い、全速力で走る。目指すは中心街にある酒場。


「おばさん! ギルベルトいる?」


ドアを開けるなり叫ぶ俺の頭に、おたまが直撃した。


「おばさんじゃなくて、お姉さまでしょうミハエル!」


「すみません、おば……お姉さま、ギルベルトはいますか?」


店の女将は恰幅が良くて明るく、冒険者の面倒をよく見てくれる親切な人だ。


ただ「お姉さま」と呼ばないと、天誅を受けることになる。


よく見ると女将さんの左手には包丁が握られていた。そっちが飛んで来なくてよかったと、ほっと胸をなで下ろす。


「ギルベルトならいないよ」


「くっ……こんなときに!」


あいつ用がないときはふらっと目の前に現れ、しつこくくどいてくるくせに、肝心な時にいないなんて!


「どこに行ったのか分かりますか?」


「娼館に行ったよ」


「はぁ?!」


あいつ俺一筋とか言ってたくせに、娼館に行ったのか? それもこんな昼間から?


「あんたがあんまりつれなくするからだよ、あんたと同じ金髪で青い目の子が今日初めて客を取るって知ったら、有り金持って出ていったよ」


つまりは俺の代用ってことか? その子のことを抱きながら、俺の名前を呼んだりしないよな? 気持ち悪いからやめてくれ!


「ああもう、こんなときに!」


くそう! こんなことになるならもう少し優しくしておけばよかった。


宿の部屋までついて来ようとするから、炎魔法を顔面にお見舞いしたのが悪かったかな? それとも氷の魔法で足を凍らせてダンジョンに置き去りにしたのがまずかったかな?


だめだ思い当たる事が多すぎる。


「おばさん! 見目がよくて、強くて、あっちのほうがそこそこ上手くて、今すぐセ◯クスしてくれる男知らない?!」


ヒュッと音がして、おれの左の頬を銀色の刃物がかすめて行った。


「お姉さまだろミハエル? 次はないよ」


ニコニコしているが絶対に怒っている。その笑顔が逆に怖い。


「お姉さま、見目がよくて、強くて、セ◯クスが上手くて、今すぐ俺を抱いてくれそうな男を知りませんか?」


「知らないね、どうしたんだい急に? 今まで女の子扱いされるのを嫌がってたのに、男に入れられるなんて真っ平だって言ってただろ?」


言った、言いました。


俺は背が低くて華奢で、女顔で、女に間違えられることが多かった。俺が男だと分かっても抱こうと寄ってくる男の多さに正直うんざりしていた。


「事情が変わったの! ついでに結婚もしてくれると有り難いんだけど!」


そう事情が変わったのだ、あのクソ親父のせいで!


俺の母親は貧乏男爵家でメイドをしていた。婚約者がいたのに、主に無理やり犯されて出来た赤子が俺。


母は正妻のいじめに耐えきれず俺が幼い時に自殺、その正妻もその三年後にぽっくり病で亡くなった。


親父は貧乏男爵のくせに金遣いが荒かった、このままではいつか娼館に売られてしまう。


身の危険を感じた俺は、鞄一つで屋敷を飛び出した。


運良く旅の商人の馬車に乗せてもらい、この国にたどり着いたのが二年前。


ダンジョンに隣接したこの街に住み着いたのが、一年前だ。


「そんな男がいるなら私が結婚したいね」


女将さんが腕組みし、鼻で笑う。


「だよね〜」


そのクソ親父から今日手紙が届いた。


二年間連絡を取っていなかったのに、居場所がバレていた事に戦慄した。


手紙を読んで、戦慄は怒りへと変化した。


「お困りのようだね、何かあったのかな?」


カウンターの端に腰掛けていたフードの男が話に入ってきた。


俺の他にも客がいたのか。


今までの話を全部聞かれていたのかな? 恥ずかしいな。


銀色の髪に藤色の瞳、長いまつ毛、切れ長の瞳、神様に愛されて造形されたってこういう人のことを言うんだろうな。あれ? この人どこかで見たことがあるような?


それに旅人の胸に光る青いペンダントとそこに描かれた、双頭の鷹の紋様も前にも見たことがある気がする。


青い宝石がピカリと光り頭の中が真っ白になる。


いや旅人に会ったことも紋様を見たこともない、気のせいだ!!


今思っていたことが、全否定され、この人とは初対面ですよ、双頭の鷹の紋様なんて見たことありませんよ、と俺の脳みそが告げる。


まるで魔法にかかったように……。


「……言えば身内の恥だから」


「そう言わずに話してみたらどうかな? 人に話すことで頭の中が整理されることもあるよ。お姉さまこのキュートな子にオレンジジュースを」


「はいよ、旅人さん分かってるね!」


女将は旅人に「お姉さま」と呼ばれて上機嫌だ。女将さんは美形に弱いから。


「さあここに座って、じっくり話を聞かせて」


「はい」


本当はこんなところで、見知らぬ旅人と話している場合ではない。


ギルベルトがいないなら、他の男を見つけるか、早々にこの街から出なくては行けないのだ。


だが旅人の言葉には人を従わせる力がある。


俺は椅子に座りオレンジジュースをすすっていた。


「俺の親父、アイゼンっていう貧乏な男爵家の当主なんですけど」


「うん、それで?」


旅人が穏やかな顔で俺の話を聞いてる。


「俺はそんな親父に愛想が尽きて二年前に家を出たんです」


旅人がうんうんと相槌をうつ。


頷いてるだけなのに、すごい色気だ。男の俺でも当てられてしまう。


「借金で首が回らなくなったある日、幼なじみのツィン伯爵にある賭けをもちかけられまして」


「賭け?」


「ツィン伯爵とトランプのポーカーで勝負をして、勝負に勝ったらアイゼン男爵家の借金を全て払い、1000万Gくれるって言うんです」


「それで負けたらどうなるのかな?」


「負けてもお前が持っている唯一の財産を差し出せば、借金を肩代わりし、1000万Gを払うっていうんです」


そんなうまい話があるハズがない、普通ならそこで断る。


「君の父上はその賭けを受けたわけじゃないよね?」


「そのまさかです。賭けに乗ったんです。唯一の財産が何か確かめもせずに」


本当にどうしようもないぼんくら親父だ。


「それで賭けには?」


「負けました。十回勝負して十回ともロイヤルストレートフラッシュとハイカードという、勝負にならないぐらい大敗だったと手紙に書いてありました」


「もしかして賭けの対象だったアイゼン男爵の唯一の財産って」


「俺です」


手紙には「ツィン伯爵に借金を肩代わりしてもらったよ〜! 代わりにミハエル君はツィン伯爵の十五番目の愛人になったからね。伯爵は愛人を全裸にして首輪をつけて街を散歩したり、広場で後◯位で性行為するのが好きらしいから風邪を引かないように気をつけてね♡」と書いてあった。


愛人にされた上、犬猫のように全裸で街を徘徊させられ、獣のように外で犯されるなんて真っ平だ!


「それでツィン伯爵の愛人にされる前に誰かと結婚しようとしてるのかな?」


「親父の手紙に『追伸、ミハエルくんのお尻の処女は無事だよね? ツィン伯爵は処女じゃないと高く買ってくれないからミハエルくんが処女じゃないとパパとっても困っちゃうなぁ。ミハエルくんが処女じゃなかったらパパ、ツィン伯爵に真冬の海に沈められちゃう〜! パパカナヅチなのに〜!』って書いてありましたから」


「処女じゃなくなればツィン伯爵が諦めてくれると思った訳だ」


「はい、親父には真冬の海に沈んで魚の餌になってもらいます」


俺は男爵家のあとを継ぐ気はないので、アイゼン男爵家の名は無くなるだろうが、知ったことではない。


「あの色狂いの伯爵がそれだけで君のような可憐な子を放置するとは思えないんだが……」


「はい? いま何か言いましたか?」


旅人が何か話しているが俺には聞き取れない。


「いやこちらの話だ、それより僕じゃだめかな?」


「ふぇっ?」


旅人が俺の手を取る。


「君の初めての相手に僕が立候補してはいけないかな?」


「はひっ?!」


なんと目の前のイケメンの旅人さんが、初夜の相手に立候補してくれた!


「自分で言うのもなんだけど、僕はそこそこ見た目もいい方だし、こう見えて強いし、閨の後で不満を言われたことはないけどな」


そこそこどころか、超絶美形だ!


俺の祖国とこの国を合わせてもこんな美人さんに会ったことは一度も……いや一度あるな、旅人さんと同じ銀色の髪に紫の瞳をした人に、どこだっけ? すごくキラキラしていて華やかな場所だったような…………。


旅人のペンダントがチカチカと光る。


いやないな! 俺の勘違いだ! こんな美人に会って覚えていないハズがない!


ええ? いいの? こんな見目が麗しくて育ちも良さそうな男の人が俺を抱いてくれるの??


「こちらこそよろしくお願いします、旅人さん!」


俺は旅人に頭を下げた。


「旅人じゃないよ、僕のことはヘンリーと呼んでくれ」


「よろしくヘンリー」


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