都市伝説まであと5分

@hagamituki

都市伝説まであと5分

【短田サイド1】

「この時間に二人でいるって都市伝説みたいだね」

あー、最悪。なんでこんなこと口走っちゃうんだろ。

「ね、ね?だよね?」

「お、おう……」

ほら、長嶺くんも困ってるじゃん。そりゃそう言われても反応に困るよね。

「あの、ほら、見て長嶺くん。あれが噂の時計。校舎裏からでもちゃんと見えるね」

「へー、確かに」

こんなこと喋ったって意味ないの。わかってる、わかってるんだけど口が止まらない。沈黙が生まれるのが怖いから。

「長嶺くんも都市伝説……当然知ってるよね?」

あーもう黙れわたし!ペラペラ喋んな!

好きな人に呼び出されたからって舞い上がんな!!


【長嶺サイド1】

「長嶺くんも都市伝説……当然知ってるよね?」

「おうともよ」

「だよね、あれ」

「あれだよな、あれ」

俺は短田の指差した方向を見ながらそう答えた。

視界に映っているのはテニスコートの近くに立っているポール型針時計。なるほど、もう十二時前か。

「ってことは、その」

短田が下を向きながらもじもじしている。顔が少し赤い気もするが……風邪でもひいてんのか?

それにしても昼前って意識したら腹減ってきたな。今日は牛丼の気分……いや、金ねぇから豚丼だな。

「……長嶺くん、ちなみに今ってどんなことを考えてるの?」

「食いごたえとしては案外一緒なのかな、と」

「は?」

短田がなんだか面白い顔をしていた。いやまぁわけわからんよなそりゃ。

「冗談冗談、これから話す内容について考えてた」

「それって……都市伝説に関係するあれ的な?」

「……うーん」

やべぇ、思いっきり生返事しちまった。

そもそもなんだよ、都市伝説って。学園の七不思議的なやつか?

この高校、そういうのないって思ってたのに……

「はっきり言ってはくれないんだね」

短田が少し唇をとんがらせた。

いや、そりゃ言えねぇよ。そもそも都市伝説なんか知らんし。

怪談が怖くてその手の話を避けてきたなんてダセェこと、口が裂けても言えんからな。


【短田サイド2】

「うーん」

長嶺くんは生返事を繰り返した。心ここにあらずって感じ。

私が都市伝説なんて余計なこと言ったからかな。

この高校に伝わる都市伝説、それはテニスコート近くの針時計にまつわるもの。

針時計は基本一時間に一度長針と短針が重なる。ただし、11時台だけは別。一時間のうちに長針が短針に追いつかず、追いつく頃には12時になっている。だから11時台だけは針が重ならない。

でもあの針時計だけは、何故か11時59分にぴったりと針通しが重なり合う。

うちの高校ではそんな不思議な時計にちなんで『あの針時計が見える場所で11時59分に告白したら必ず成功する』という都市伝説があるのだ。

「あ、アハハハ」

「ハハハ……」

お互いの愛想笑いの後に沈黙が続く。

何か喋ろうと思っても余計なことを言っちゃいそうで口がなかなか開かない。自分のコミュ力のなさが恨めしい。

「ひ、日差しがすごいねー」

「お、おう。そうだな。最近部活やってるとすぐ日焼けすんだよ。野球部全員黒すぎて笑うぜ?」

「へ、へー!こ、こんがりなんだね?」

「こんがり……?」

「こんがり……」

「お、おう」

ギブミーコミュ力!!私に至急イタリア人を憑依させて!!

ああもう最悪。こんなことなら休みの日家に篭ってばっかじゃなくて積極的に人と喋っておくんだった。一人で黙々趣味の絵を描いてる暇あったらフェスの一つや二つにでも顔を出しておけよわたし……

意識しすぎてもう長嶺くんの顔も見れない。

いやでも、そうじゃん。状況からしてあれじゃん。あれしかないじゃん。

おんなじクラスなんだから用があるなら教室で喋ればいいのにだよ?わざわざ校舎裏に呼び出されて……『1人できて』だなんて長嶺くんは照れた顔で!しかも今は11時54分、都市伝説まであと5分で!

そんで目の前にいるのは私の好きな人だよ??

意識するなって方が無理だから!!

「な、なんかおかしいね。私たちクラスじゃ普通に話せるのに」

「……まぁでも教室じゃできない話をしたくて呼び出したから」

それって!?

やっぱり?やっぱりなの長嶺くん??

「長嶺くんは……都市伝説を知った上で私を呼び出したんだよね?」

「……あーね」

やっぱりじゃん!

わたし、今日、好きな人に告白されちゃう!!



【長嶺サイド2】

『誰よりも強欲に生きなさい』それが親父の教育方針だった。

親父は小さい頃から身体が弱く、欲しいものが手に入らない人生だったらしい。だからこそ我が子には欲しいものを諦めない人生を歩んで欲しいという親父なりの親心だった。

そんな親父のおかげもあり、欲しいものは直接欲しいという、そんな男に俺はなった。

あぁ、欲しい。諦めたくない。なんなら独り占めにしたい。こんなに欲したのはいつぶりだろうか。

俺はなにを犠牲にしても、この目の前の女子ーー短田の描いたイラストが欲しい!

短田の絵が上手いのはクラス全員知っている。でも、短田の絵描きアカウントを知っているのは俺ぐらいだろう。たまたま授業中に視界に入った短田のスマホ、開いていたTwitterのアカウント名は俺がよく知るものだった。

俺が趣味アカでフォローしていたあの紙絵師がまさか同じクラスだったとはな。

まぁでも一応短田にとっては名前を隠してのアカウントだし、教室でする話じゃないと思い俺は今日短田を呼び出した。

「長嶺くんは……都市伝説を知った上で私を呼び出したんだよね?」

「……あーね」

決して都市伝説を踏まえた上で呼び出したわけではない。

ただ、知ったかぶりはするよりもバレた後の方がダメージがでかい。既に一度知っていると言ったものを覆すなんて恥ずかしい真似、俺にはできん。

「やっぱり??やっぱりなの長嶺くん??」

「あーね?」

「長嶺くんも……」

「あー、ね」

なんだあーねて。俺は一体どんな感情を込めてこの言葉を発してるんだ。誰か正解を教えてくれ。

「そっか……」

短田はなぜか瞳を潤ませながら俺を見つめていた。引くに引けんとはまさにこのこと。今更その都市伝説教えてなんて言える雰囲気じゃない。

もういい、本題を言っちまおう。

「それで今日俺が短田を呼び出した理由なんだけど」

「うええっ?」

「な、なに?」

「だって、まだ時間……あと3分あるよ?」

短田は再び先程の針時計を指差した。

時間は変わらず12時前……あぁやべ、さっきよりも腹減ってきた。豚より鶏そぼろ丼2杯の方が腹にたまるよな?

金、財布に入ってたっけ?えー、と……大丈夫、ギリそれくらいはあるな。

財布を尻ポケットにしまった後視線を戻すと、短田は首を傾げて俺を見ていた。

なにを考えているの?とでも言いたげな目だ。

「長嶺くんは一体なにを考えているの?」

しまいには口に出していた。


【短田サイド3】

「いや、豚丼より鶏そぼろ丼を選ぼうかなと考えてました」

は?

豚丼……は?何の話?

なんで告白のシュチュエーションで豚丼なんて単語が出てくんの?有史上類を見ないよそんな告白のシュチュエーション。名前を出された豚丼も困っちゃうよ。

都市伝説の時計を見たと思ったら今度は財布を確認して……もうわけがわかんない、ちゃんと詳しく説明してよ。

「あっ、鶏そぼろ丼は2杯な」

「どーでもいいとこを詳しくしないで」

これ以上私を混乱させないで?

「えと、話を戻すとだな、今日俺が短田を呼び出したのは頼みごとがあったからで」

「ちょ、ちょっと待ってよ!まだ57分だよ?」

「おう、もうすぐ昼飯だな」

なんでお昼ご飯がここで出てくるの?

なにこれ、どうなってんの?

さっきまでの私達は以心伝心と言えるほどお互いのことを理解してたはずなのに……

はっきり言葉に出さずともお互いの気持ちを確かめ合って、なんだったらもう私8割方告白されたと思ってるよ?

「ほら、長嶺くん!今58分、もうすぐだから!」

「待ちきれねぇな」

そう言って長嶺くんはお腹を抑えた。なにそれ、それ私が知らないだけで求愛のポーズかなんかなの!?お前を食ってやる的な!?

「……長嶺くんって結構変態なの?」

「なんだ急に!?」

長嶺くんが間抜けな顔をしていた。残念だけど今の長嶺くんにはぽかんとする権利はないからね。

「だってそうじゃん!いきなりその……そういうのは良くない!お年頃なのはわかるけど、すっ飛ばしすぎというか……私はセオリー通りがいい!」

まず好きって言葉にするのが道理でしょ!?

「……短田は牛丼が食べたいのか?」

「テキトーなこと言って誤魔化さないで!」

「えぇ……どういうこと?」

「あと長嶺くんさっきからちょくちょくお腹鳴ってるよ!そんなにお昼食べたいの!?」

「おぉ、おんなじこと考えてた。ハハッ、俺ら以心伝心じゃん」

「思ってたのと違う!!」

長嶺くんは再びわからなそうに首を傾げた。いくら好きな人とは言え流石に腹が立ってきた。

「って、わぁ!もう59分じゃん!」

「え、あぁほんとだ、それがどう「早く!本題ちょうだい!」

わー、もう30秒過ぎてる……早くしないと都市伝説の59分が終わっちゃうよ!

「俺、お前に頼みたいことがあって」

困惑の表情をしながら長嶺くんは本題を話し始めた。

「いや、っていうのもさ、話せば長くなるんだけど」

この期に及んで悠長なことを言い出した長嶺くん。いや、長くならないで!短くまとめて!

「あれはそう、確か学年が上がった頃で……」

「知ってる!結論好きなんだよね!?」

会話のバトンを奪い取り早口でまくし立てる私。告白のシュチュエーションとしておかしいと思わないでもないが、時間がないから仕方がない。

「お、おう。好きなんだよ」

「うん!私も好き!」

スマホを見る。

よかった!まだ59分!よし、間に合った!

「誰にも負けないぐらい、短田の絵が好きなんだ」

「嬉しい!……ん?」

「ん?」

「……えっと?」

「だから、お前の描いた絵が好きなんだよ」

「え?」

「絵」

「えっ?」

「……イラスト?」

「そこ別にどうでもいい」

え?…え?……絵!?

どういうことー!??


【長嶺サイド3】

「えっーと、整理するとだな」

「長嶺くん、お願いだから整理だなんて酷なことしないで……」

短田は真っ赤な顔で泣きそうな声だった。

あの後、お互い落ち着いて話し合い誤解を解きあった。

……すごい罪悪感だ。

「ご、ごめんねぇ高峯くん。私、舞い上がっちゃって」

「いや、俺の方こそややこしいことして苦労かけたし……あと都市伝説も知らなくてすまん」

都市伝説の詳細は短田から聞いた。確かに誤解されるような状況を作ってしまっていたな。

……それにしても。

「結局都市伝説なんてあやふやなもの信じちゃうなんて私バカだね」

「いや、どうだろうな」

記憶が正しければ59分に俺は短田の絵を好きだと言って……その後短田は俺を好きだと告白した。

つまり都市伝説通り、例の針時計が見える場所で11時59分に俺は告白されたのだ。

『あの針時計が見える場所で11時59分に告白したら必ず成功する』

なんだか意識して短田の顔が見れなくなった。

「あれ、急にどうしたの長嶺くん?顔赤い……風邪?」

短田は全く気付いてない様子で、俺からすりゃとんちんかんなことを言ってきた。これか、因果応報ってやつは。だったら今度はこっちが苦労する番なのかもしれない。

「その都市伝説、案外本当かもな」

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