第106話 妄念の終わり

 上空からジェダが襲いかかり、飛び回る悪霊の腕を掴み取る。

 そのまま地面に叩きつけて、砕く。


 イングリドは槍で悪霊の手足を叩き落とし、剣を使って胴体を串刺しに。

 周囲の観客は、フリッカが呼びだした妖精と、ギスカの鉱石魔法が守る。


 決着の時はもう目と鼻の先だ。

 俺はフィナーレを迎えるべく、悪霊の目の前に立った。


「さあ、終わりと行こう」


『まだだ! まだわしは終わらぬ! もっともっと存在し続けて、永遠にわしは!  この世界にいる……!』


「既に存在する理由まで無くなっているね。君は一言で表せば、既にただの災厄だ。多数の幸福のためには存在するべきではない。イングリド」


「ああ、決めろ、オーギュスト!」


 魔剣が放られてきた。

 これをキャッチ。


 俺自身がこういう長物を持てばいいのだが、道化師は身軽が身上だ。

 そこは彼女の剣を常に拝借するということでお許し願いたい。


『あおおおおおっ!! わしは存在する! 永遠に存在する! わしはわしはわしは!!』


 飛びかかってくる人形の頭を、宙返りして避けながら、空中にて一刀両断する。

 そして飛び降りざまに魔剣を投擲。

 イングリドが剣を突き刺していた場所に、再び剣が突き刺さり、傷口を大きく広げた。


 イングリドがこれを掴むと、


「うおおおおっ!!」


 裂帛の気合とともに、大きく刃にて切り上げる。


『うぎゃああああああ!!』


 悪霊の叫びが響いた。

 さらば、高額なゴーレムの素体……!

 君は歴史的な役割を果たしたのだ。


 どうやら悪霊の本体は、胴体部分に宿っていたらしい。

 ポルターガイストで飛び回る手足がバタリと地面に落ちた。


 イングリドはそのまま、剣で胴体を地面に縫い付ける。

 胴体部分がばたばたと暴れているが、既に何かをできる状態ではあるまい。


 俺は仲間たちとともに、人形の手足を近くにかき集め、それぞれをショートソードなどで地面に固定する。


「どなたか! 火種をお持ちの方は?」


 俺が観客に呼びかけると、悪霊の暴れ方がひどくなった。


『ぎえええええ! 燃やされるのはいやだ! いやだーっ!!』


「あ、俺タバコ吸ってる」


 キセルを持った年配の男性が出てきた。

 ワッと沸く観客。


 ゴーレムの胴体はいい感じにほぐれており、俺はポケットから火口箱を取り出す。

 中に入ったおがくずを、ほぐれた場所にふりかけ。


 男性からキセルを預かり、火がついたタバコをそこにぽん、と落とした。

 ちなみにこのおがくずに、ギスカから教えてもらった、熱に反応して爆発する石などを混ぜてある。


 すぐさま、反応は起こった。

 人形の胴体が、ぼんっ、ぼんっと音を立てて破裂し始める。

 生まれるのは炎だ。


『やめろー! やめてくれえええ! このまま依代を失ったら! わしは、わしはーっ! そうだ、ガキどもに乗り移れば……』


「それはもうできないさ。さあ君たち、これを持って」


「これ……?」


 俺は子どもたちに、あるものを投げ渡してある。

 それは色とりどりの布で織られた、手のひらサイズのお守りみたいなものだ。


「それに祈るといい。なに、あの神様の力はよく悪用されるが、間違っても悪しき神じゃない。信者を常に募集しているから、手厚く加護をくれるさ」


「は、はい!」


 子どもたちはお守りを握りしめ、神の加護を願った。

 悪霊は、一度は取り付くことができた彼らに、再び憑依しようとしたようだが……。


『ウグワーッ!?』


 何か強いものに殴り返されたらしく、紫色の悪霊が燃え上がる人形に戻っていく。

 俺の目には見えた。


 せっかく確保できた若い信者を全力で守るべく、腐敗神がその姿を現し、かなり気合を入れて加護を与えているのが。

 腐敗神こそは、生命の円環を象徴する神だ。


 全てのことには終わりがある。

 故に、終わりを迎えたものは腐って土に還り、養分となって次なる世代を育てる糧となる。


 古きものが、新しきものを餌とすることに怒りを示す神。

 それが腐敗神だ。


 どうやら、神様が炎に火種を投じたらしい。

 人形があげる炎が一層強くなった。


 しばらく、悪霊の断末魔が聞こえていた気がする。

 だがそれは、完全に日が暮れた頃には聞こえなくなっていた。


 観客は呆然としている。

 どうやら彼らにも、腐敗神が見えたらしい。


「皆々様!」


 俺は大きな音を立てて手を叩いた。

 ハッとする、観客のみんな。


「思わぬゲストの登場となりましたが……これにて、ガットルテに仇をなす悪霊は、退治されたようでございます。ああ、念のため、一晩の間はこれに触れぬようお願いいたします! 先程現れた神様の加護が、好奇心旺盛な方を火種として燃やしてしまうことになりますから」


 観客から、笑いが漏れた。


「長らくのお付き合い、ありがとうございました。ラッキークラウンによる興行、これにて終幕とさせていただきます。またお会いしましょう! 我ら一行、芸を磨き、皆様との再会を心待ちにしております!」


 湧き上がる、拍手喝采。


 ガットルテ王国を覆う、長きにわたる陰謀は終わった。

 変質していった、まつろわぬ民の憎悪は擦り切れ、ついには受け継がれること無く消えた。


 しかし、人々の心には、本日の楽しい出し物の記憶が残ったことであろう。

 それが、新しく明日を始めるための一歩を、僅かなりとも助けてくれるはずだ。


 そうなれば、芸人としては本望。

 いつまでも止まぬ拍手の中、俺は小さく呟いた。


「いやあ……いい舞台だった」

 

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