第91話 交渉、リザードマン

 さては、ここはリザードマンの、一大保養施設か……?

 などと思ったが、よくよく見ると違うようだ。


 彼方には、地上まで続いていると見える長い長い坂道があり、そこからリザードマンがやって来たり帰って行ったりしている。

 マグマ溜まりの上にあることで、地下水が熱されて温泉になり、信仰の拠点であると同時に温泉を提供するような場所になっているのだった。


 広さは一つの小さな町程度。

 そこかしこにリザードマンがいる。


 当然のごとく、やってきた俺たちは目立った。

 リザードマンではないからな。


「司祭様、人間の信者ができたんですか?」


「イフリート教は温泉入り放題でいいぞお」


 リザードマンたちが話しかけてくる。

 排他的な様子はない。


 俺の記憶では、リザードマンは己の種族で固まりやすい性質をもっていた気がしたが……。

 これは恐らく、外では彼らの数が相対的に少ないため、お互いに助け合いやすいよう、同族で固まっていたのだろう。

 ここはリザードマンしかいないので、のびのびしているのだ。


 それに、温泉に入ってのんびりして神に祈っていれば、おおらかな気持ちになるのは当然と言えよう。


「ああ、違う違う。こいつらはドワーフのところから来たんだ。あの困った連中をどうにかする手伝いをしてくれるらしい」


「なんと!」


「ほんとか!」


「我とこの男は約束を交わしたのだ。嘘であれば、たちまちのうちにイフリートの炎がこの男を焼き尽くすであろう!」


 バルログだから燃えないんだけどな。

 しかし、俺としても彼らを裏切るつもりはない。


 今回の件はドワーフが悪い。

 そしてこのまま引っ込む気も無いと来た。

 ならば、無理やり引っ込めさせるまで。


「シャイク、作戦について一緒に考えていきたいが……まずはどうだろう。我々にこの温泉を体験させてもらえないだろうか?」


 俺の提案に、ラッキークラウンの女性陣が目を輝かせた。

 シャイクは瞬膜を閉じて少し考えた後、頷く。


「いいだろう。イフリートの恵みを経験すれば、お前たちは我らの教えの魅力に気づくだろう。そしてどちらが正しいのかを知ることになる」


 つまり、温泉入っていいよ、という意味だ。


「ありがとう。イフリートに感謝を」


「よろしい」


 満足気にシャイクは目を細めるのだった。


 一つ問題点が発覚した。

 温泉は混浴しか存在しなかったのだ。


「むむむ」


 フリッカが唸った。


「なんでや!」


「それは仕方ないだろう。リザードマンの男女の見分けがつくか?」


 イングリドが冷静に指摘する。

 温泉に浸かっているのは正に、リザードマンの男女。

 俺たちの目には、どちらが男でどちらが女なのかさっぱり分からない。


 体の大きさすら、男女でそう変わらないらしい。

 むしろ年を取るほど体が大きくなるので、若い男よりも年重の女の方が大きかったりする。


「それに彼らは、発情期があり、その時期だけ子どもを作る。なので普段は男女を気にしなくていいんだな」


 俺がイングリドを補足した。

 ジェダがニヤニヤ笑う。


「フリッカは自意識過剰なんじゃねえのか? まだまだお前は子どもなんだからよ、気にしなくても……」


「うるさいわーっ!! っちゅーか、なんでイングリドは気にならんの? ギスカは!?」


「私は一向に構わん」


「あたいは異種族に裸を見られても、気になんないねえ……」


 参考にならない女性陣の返答で、フリッカがムキーッと歯ぎしりした。

 そしてやけくそになったようだ。


「もうええ! 入るわ! 入ったるわ!」


 彼女は猛烈な勢いで服を脱ぎ、可愛いお尻を見せながら温泉に行ってしまった。

 その後、イングリドとギスカは平然と服を脱いで、やはり温泉へ。


 ジェダがそれを見送った後、しみじみ呟いた。


「フリッカはいいけどよ。後の二人は俺たちを男だと見てねえんじゃねえか?」


「そんなことは無いと思うが、イングリドに関しては生まれの問題だね。さて、我々も温泉に行き、リザードマンと裸の付き合いと行こう」


「温泉で酒飲んだりできねえのか? ちょっと俺は交渉してくる」


「君が交渉に行くのか……」


 ジェダが温泉で酒を飲むことに思わぬ情熱を見せ、酒を売っているところを探しに行った。

 俺はその間に、シャイク司祭と今後の話をすることになる。


「ドワーフどもに手を引かせると言ったが、一体どうやるつもりだ? 奴らは我々が散々脅しても言うことを聞かなかった上に、抵抗をしてきた。あれは一筋縄では動かんぞ」


「それはあそこの長のやり方でね。だが、内部の若い者にはフラストレーションが溜まっているようだ。リザードマンと、ドワーフの若者を結びつけて、一つ革命を起こしてみようかと思うのさ」


「革命!? ドワーフに革命を!? どういうことだ?」


「鉱山を掘り進めるどころではなくして、さらにはここに繋がる坑道を全て埋めてしまおうという作戦だ。恐らくドワーフ側にも、この作戦の賛同者が大勢いる。リザードマンと、ドワーフの若者たちによる協同の作戦というわけだよ」


「そんな事が可能なのか……?」


「可能さ。重要になるのは、君たちイフリートの信徒が使っていた魔法だ。あの全身に炎を纏うのは、イフリートから与えられた加護なのかい?」


「表向きはそうなっている。だが、あれは普通に魔法だ。マグマに親しい、聖地周辺でだけごく僅かな魔力で行使が可能でな。我ら司祭や神官はみな使える。あれがどうしたんだ」


「ドワーフは、炎の悪魔バルログをひどく恐れていてね……。君たちの姿も、バルログと勘違いして怯えていたくらいだ。つまり、君たちによる示威行為はかなりの成果を上げていたことになる」


「ふむ、そうだったのか……」


「ただ、俺たちが正体をリザードマンだと看破してしまったので、今後は思うような結果が出ないかも知れない。そこでだ。再びドワーフに、バルログが攻めてきたと勘違いしてもらう必要がある! そのために、向こうの若者と手を組むのさ」


「………!? どういうことなのだ……?」


 俺はシャイクに語りだす。

 ドワーフを撤退させる一大計画について。


 それには、この温泉も重要になってくるのだ。


 

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