第90話 ハロー、イフリート村
「オーギュスト、依頼の内容は、炎のモンスターを退治することだったはずだが、どうやって解決するつもりなんだ?」
イングリドから、ナイスな質問がやって来た。
「いいかねイングリド。炎のモンスターは、坑道に出現するバルログに似た怪物だったはずだ。それがドワーフに危害を加えるとね。ところが、モンスターは存在しなかった。いたのは、イフリートを崇めるリザードマンだ。つまり……存在しないものを退治することはできない。このままでは、俺たちの仕事は不成立となる」
「確かに。報酬をもらい損ねてしまうわけだな」
「長はケチだからねえ。やりかねないよ」
ギスカが嫌な保証をしてくれる。
なるほど、そういう手合か。
「かと言って、炎のモンスターということにしてリザードマンを攻撃するのも違う。彼らは自分たちの土地を守るために戦っているわけだ。ラッキークラウンは罪なき者は攻撃しない。そういうスタンスだ」
「初耳だな」
「せやなあ。立派な志があったんやな」
「今決めた」
「おいぃ! 思いつきやないか!?」
フリッカが手のひらの裏で突っ込んできた。
いいリアクションだなあ。
話芸をやることがあったら、彼女に協力を依頼しよう。
「ということで」
俺は仲間たちを振り返った。
ここは、ついさきほどリザードマン氏と戦った場所。
即ち、坑道の終わりである。
この先は広大な空間に通じており、下を流れるマグマが見える。
だが、断崖絶壁というわけでは無かった。
リザードマン氏がこちらに来られる程度には、足がかりが存在していたのである。
「我々はこれから、イフリートを信じる彼ら……仮にイフリート村と呼ぼう。そこに向かって、話を聞いてみようと思う」
「なんやて!? それはあれちゃうか? 依頼人に逆らうみたいな」
「依頼内容には、イフリート村のリザードマンと交渉してはいけない、というただし書きは無い」
「そら無いやろ」
「フリッカがいるとオーギュストの話のテンポが良くなっていいな」
「本当だねえ」
イングリドとギスカが感心している。
俺としても、いちいち相槌を打ってもらえるのは助かる。
イングリドは平気で聞き役に回るからな。
それはそれでいいのだが、相槌を打ちまくってくる相手とのやり取りもまた楽しいものだ。
坑道の終わりから、壁を伝って歩く。
ジェダが進んでも問題ない程度の広さがあり、これは大変都合がいい。
戦うとなれば少々骨が折れるだろうが、移動するだけなら大荷物を抱えていてもいけそうだ。
いいぞいいぞ。
「ひえー。手すりもない上に、ちょっと下はマグマやんか! 落ちたら死ぬなあ……」
「なに、俺が助けてやる。お前が死んだら俺が困るからな」
「ほんま? 頼りにしてるでジェダ」
話だけ聞いているとちょっといい感じの男女関係みたいだが、ジェダもフリッカも、実利的な関係で結びついているだけだからな。
人と人の関係は、深入りしてみなければ本当のところは分からないものだ。
とても面白い。
さて、我々は今、イフリート村に向かって直進しているわけで、これが何事もなく目的地到着……となるわけは無かった。
村の刺客的なものが現れる。
「止まれ!」
しゅるしゅると言う呼吸音が混じった、独特の喋り。
間違いなくリザードマンだ。
「ここより先は聖地! ついにこの地に踏み入ってきたか、地を穿つ愚か者どもめ!!」
彼は、上半身裸のリザードマンだった。
なお、都会に出てきているリザードマンは服を羽織るのが普通である。
彼らは体毛が少ないため、寒さに弱い。服を着て体温調節を行うのだ。
ここは温かいから、服がいらないというのは分かる。
それと同時に、彼は宗教的な意味合いで服をまとっていないのかも知れない。
「落ち着きたまえ。我々はドワーフとは違う。一人ドワーフがいるが、君たちの聖地への侵略の意図は無いぞ」
「なにっ。たしかに、ドワーフよりも背が高い者が四人いる……。しかし騙されはせぬぞ! 冒険者を雇い、我々の排除を画策したかも知れない!」
「詳しいな」
イングリドが呟いた。
「まるで、外の世界で暮らしていたみたいな物言いだ」
「みたい、ではなく、恐らくイフリート村は、地上で暮らしていたリザードマンが宗教的な行為のために作って巡礼に来る土地なのだろう」
俺の言葉を聞いて、驚いたのはリザードマンだ。
「な……なぜそれを……!!」
「君、頭がいい喋りをし過ぎなんだ。話を聞いてくれ。えーと、名前を教えてもらえるとありがたい。俺は道化師オーギュスト」
「オーギュスト……? もしや、ラッキークラウンのオーギュストか! そんな大物がここに……? いや、話の分かる男だという噂だ。それが真実なら、お前の話を聞いてやってもいい。我が名はシャイク。イフリートを崇める者たちの司祭である」
「よろしく、シャイク。信頼の証として、俺のショートソードは君に預けよう。それからナイフも」
全身からジャラジャラと隠し持っていた武器を取り出す。
仲間たちが呆れ顔になり、シャイクの目がまんまるに見開かれた。
「お……おう。信頼の証として預かろう……。というか、こんなに大量の武器は持てない。返す……!」
武器を返された。
そして、シャイクが俺たちを案内していく。
その道すがら、俺たちの目的を話した。
「今回の件は、一方的にドワーフが悪い。我々はドワーフにそそのかされて、君たちの一人を手にかけてしまった。その詫びとして、ドワーフの鉱山都市をこの地から撤退させようじゃないか」
「協力してくれるのか!? だとしたら嬉しい。死んだ者については気にするな。それは役割に殉じたのだ。名誉の死だ。イフリートは暖かく……いや、熱く迎えてくれるだろう」
目的地は、坑道の終わりからマグマ流れる谷底を挟み、まっすぐ見える場所にあった。
イフリート村。
炎の妖精王であり、バルログによく似た存在であるイフリートを信仰する場所。
そこは……。
「な、なんやここはーっ!!」
フリッカの絶叫が響く。
そう、そこは、巨大な温泉施設だったのだ……!
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