第87話 バリンカー!

 バルログ、と言う言葉が話題に上がり、イングリドとギスカが俺を凝視した。


「ちがうちがう、俺じゃない」


「言われてみれば、オーギュストは私たちとずっと一緒にいたな」


「それに悪魔っぽくない外見だからねえ。行動は悪魔的だけど」


 なんてことを言うんだギスカ。


 ドワーフの長は不思議そうな顔をして俺たちのやり取りを見ていたが、ハッとしたようだ。


「もしやお主、魔族の係累か? 人間とは違うニオイがする」


「お分かりになりますか。俺はお話にあった、バルログの血を継ぐ男ですよ」


「な、なんと!!」


 長が椅子から転げ落ちんばかりに驚いた。

 そして周囲にいたドワーフたちも、ぎゃーっと悲鳴をあげて転がったり、酒場から逃げ出すものもいる。

 大仰な反応と笑うことなかれ。


 バルログは、地の底から現れる炎の悪魔。

 地と炎を司る最強の魔族とも言われているのだ。


 ちなみに、地と炎というのは、恐らくマグマを指し示しているのだろうと思う。

 故に、地下へと鉱山を掘り進むこともあるドワーフにとって、最も恐ろしい魔族なのだろう。


「安心してもらいたい。既にその血は一割ほどまで薄れています。俺はどこにでもいる一介の冒険者ですよ」


「ネレウスの冷気を相殺するほどの炎を発して、あいつを一撃で倒す冒険者がどこにいるか」


 ジェダが楽しげに呟く。

 余計なことは言わなくてよろしい。

 場が混乱するだろう。


「そ……そうなのか?」


 長が恐る恐る俺を見て、次にギスカを見た。

 ギスカ、うんうんと頷く。

 俺がバルログと聞いても、小揺るぎもしなかった彼女だ。


 若さもあるのだろうが、いちいち伝承を恐れるのをバカバカしいと思うくらい、進歩的なドワーフなのだろう。


「あたいが一緒に冒険してたけど、こいつは一応善人さ。間違いなく信頼に値する男だよ!」


 一応とはなんだろう。

 同胞であるドワーフの保証があったため、長は納得したようだった。


「そうか……。炎のモンスターには、炎の悪魔の係累で立ち向かうのがいいのかもしれんな……。おお、気を悪くせんでくれよ。わしらは怖いのだ。さっき、お主が炎を発したとかそういう話が聞こえた気も……」


「気のせいですよ。さて、食事を済ませましょう。そして現場に案内してください」


 俺は話を遮り、強引にこちらのペースに引き寄せた。

 バルログと名乗ったのは失敗だったか……?


 だが、ギスカの兄ディゴは、何も気にした様子もなく、酒を飲んで料理を食らっている。

 俺と目が合うと、彼は不器用にウインクした。


「バカ兄貴、何をウインクなんかしてるんだい。気持ち悪いねえ」


「うるせー。俺も気にしねえって伝えたんだよ! オーギュスト。若いドワーフはみんな気にしねえよ。昔の大戦を知ってるじじい連中と、信心深い奴らがうるせえだけだ。気にすんな」


「ああ、こちらとしてもそうしてもらえるとありがたいね」


 かくして、すっかり大人しくなった長を囲んでの食事が終了。

 俺たちは、炎のモンスターが現れたという現場に向かうのだった。


 鉱山都市を歩くと、変わったものばかりを目にする。

 例えば、ガタゴトと音を立てて走ってくる、馬やロバが牽いていない荷馬車。

 前方にドワーフが座っており、彼の座席の下から、パキパキと音がしながら輝きが漏れてきている。


「あれはもしや、鉱石魔法の応用で走っている……いわば自動荷馬車みたいなものかね?」


「ああ、そうだよ。バリンカーって言うんだけどね、こいつはこれを作った開発者の名前でね。ありゃあ便利だし馬力もあるんだけど、ガタガタしてて乗り心地は最悪なんだよねえ。使う鉱石によって速度は変わるけど、配合を間違うととんでもない速度で走って、いきなり煙を吹いて動かなくなっちまう。これ、外の世界の人間じゃ扱えないだろうねえ」


「なるほど。面白いものがあるなあ……。乗ってみても?」


「おすすめはしないよ」


 ということで。

 バリンカーに乗ることにした。


「へえ。馬がいないのに動くなんて不思議だなあ」


 イングリドが興味深そうに、あちこちをぺたぺた触っている。

 空いているバリンカーを金を払って借りたのだ。


「なんでわしがバリンカーに乗らにゃならんのだ……」


 長が嫌そうな顔をしている。

 お尻を気にしているから、バリンカーは本当に揺れるらしいな。


 俺はハンドルという操作用のリングを握りしめる。

 リングから支柱が生えており、これが直接下方の車輪と繋がっているらしい。

 少しの力で方向転換できるよう、歯車が噛み合っているのだとか。


「どれどれ、出発と行こう!」


 バリバリバリーっと音を立ててバリンカーは動き出した。


「おおっ!! こりゃあすげえな!」


「ひえーっ! ガタンガタンするやないかー!!」


 ジェダが大笑いし、フリッカがお尻を抑えて悲鳴をあげている。

 ギスカはこれを見てケラケラ笑いつつ、俺に運転の仕方を教えてくれるのだ。


 それを横でじっと見ていたイングリド。


「どれ、私にもやらせてくれ。長殿、こちらでいいのかな?」


「ウグワーッ! 尻がウグワーッ! そ、そうだ、こっちだ、こっち」


「よーし、行くぞ!」


 イングリドがハンドルを握った瞬間、座席の下から聞こえるパキパキ言う音が大きくなった。


「出力が上がったよ!? なんだい、突然バリンカーのエンジン効率がよくなったね!」


「イングリドだからな」


 たまたま、彼女がハンドルを握った瞬間に、エンジンとやらいうものが絶好調になったのだろう。

 バリンカーが素晴らしい速度で走り出す。

 車のガタガタも絶好調だ。


 向かうのは一直線に、炎のモンスターが現れた現場。

 徒歩だとそれなりに掛かるという話だったが、バリンカーのおかげであっという間に到着しそうなのだった。

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